雨月ノ君ハ 冷タイ唇

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 駅から歩いて十五分の距離にある、二階建てのワンルームアパート。周辺には古くからこの地域で愛される神社もあって、閑静な住宅地だ。築十二年とそれなりに年数は経ているものの、まだまだ外観も室内も綺麗なこのアパートの階段を、二人の人影が上っていた。  『202号室』と表示された扉を開けると、ガランとした空虚なフローリングが出迎える。真っすぐ伸びた廊下の向こうからは、リビングの床に反射する陽光が眩しい。 「日当たりは良好みたいだね、この部屋」 「南向きだからね。やっぱり白井君は日当たりが大事?」  リビングの大きな窓からは、小さなベランダとその向こうのコインパーキングが見える。この物件の周囲には陽の光を遮る邪魔な建物が一切無かった。その風景を眺めながら白井は、「やっぱりってどういうこと?」と問う。 「だって私の中の白井君て、いつも教室の窓際で温まってるイメージしかないから」 「何それ。廊下側の席になったこともあるけどなぁ」 「でも確か、廊下側の時も休み時間になった途端、窓際へ行ってなかった?」  二人は同時に笑う。当時もこうやって笑い合っていたのを思い出しながら。こうして喋っていると、あれから十年の時を経ているなんて嘘のようだ。  茜は店から持ってきたファイルを開き、間取りを確認する。この部屋は、日当たりはいいがあまり収納が無いのが難点だった。その代わりと言っては何だが、トイレとバスはユニットではなくセパレートになっている。そして洗面所と洗濯機を置く場所があるのもお勧めポイントだ。 「それにしてもまさか、白井君が私の店に突然現れるなんてなぁ……」  目ぼしいポイントを順に紹介しながら、思わず呟く。彼とは中学の卒業以来で、その後は県内の有名私立高校へ進学したと風の噂で聞いたくらいだ。  その後の進路は全く知らない。白井に限らず、中学の友達で未だに連絡先を知っているのは、片手で数えるくらいしかいなかった。 「僕も驚いたよ。僕のことなんかとっくに忘れてると思ってたし」 「忘れるわけないよ……」 「え? だって僕が転入したのって中学三年の二学期からだし……」 「あのね。白井君て凄く目立つの。あの時もだけど、今も相当目立ってるからね?」
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