雨月ノ君ハ 冷タイ唇

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 転校初日のことを今でも鮮明に思い出せる。彼はこの人並み外れたルックスのせいで、教室内の女子という女子をどよめかせた。  くっきりとした二重に切れ長の目、少し赤みがかった茶色の瞳と長い睫毛。この目に射抜かれた女子は必ずと言っていいほど、卒業間近のバレンタインで彼にチョコを贈ることになる。  スッと通った鼻筋に薄めの唇、そして何と言っても男性にしては恐ろしいほど白く透き通った肌で、髪も黒というよりは茶髪に近く、陽に当たることでそれは更に金色へと輝いて見えた。  それをやっかんだある男子は、白井のことを「アルビノ」と呼んだ。アルビノとは、先天的にメラニン色素が作り出せない遺伝子疾患のある個体のことで、動物界では稀に見られるが、それは人間にも存在しているという。 「気持ち悪いなアルビノ野郎」  そんな言葉を吐いた彼は、一瞬でクラス中の女子の不興を買い、差別的な暴言だと学級裁判でさらし首になった。現代の情報化社会でこんな暴言を吐くとどうなるか、この時嫌というほど思い知っただろう。高い勉強代だが、今後の人生には良い機会だったとも言える。  そんなことを思い出してつい吹き出しそうになるのを堪えていると、彼は再びベランダ窓へ近づいて、差し込む陽光に目を細めた。 「そう言えば白井君て、よく窓際の席で本読んでたよね。それも凄く渋いやつ」 「あぁ、『雨月物語(うげつものがたり)』のこと? よく覚えてるね」 「だってあれ、江戸時代に書かれた小説って言ってたよね? そんなの読んでる人、他に知らないもん。忘れられないでしょ」  「そうかな?」と彼は笑う。忘れられない理由は他にもあるけど、再びこの笑顔が見られただけで茜の胸はいっぱいだった。 * * * 「実はね、彼がこの店に来るのはこれで三度目なんだよ」 「さ、三度目!?」  せっかく小咲が淹れてくれたお茶を思わず噴き出しそうになる。一人暮らしの経験が無いのでよくわからないが、すぐにいい部屋が見つからないとしても、同じ店で何度も探して貰うものなのだろうか。この近所にはチェーン展開の不動産屋だってある。 「家賃はなるべく安めがいいだとか、職場に近い方がいいだとか、築年数は低いのがいいとか……まぁ極々普通の条件を理由にしてはいるがね、彼の目的は別にあると私は見てるね」  何だか楽しそうに小咲は言う。悪い人ではないだろうが、他人の噂話で盛り上がる人特有の空気を感じ取り、恐る恐る「別の目的?」と反復すると、満面の笑顔で「茜ちゃんだよ!」と返された。
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