雨月ノ君ハ 冷タイ唇

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「最初は彼女に内見を任せたがね、二度目はさすがに私が担当しようと思っていたんだよ。そしたらその時ちょうど別のお客がやって来てね」  この店の客は一日に一人いるかいないかだそうだ。それでよく店がもつなと思うのだが、賃貸契約がメインではないのでその点は大丈夫らしい。そんな飛び込み客の少ない店へ、同じ時間帯に二人もの客……。 「その時はしょうがなく新規客の対応を私がして、茜ちゃんにはまた彼の内見を頼んだんだよ。そしたらまた今日だろ?」  忌一が訪れた時には姿を見ていないが、今日も彼が訪れるとほぼ同時に新規客が訪れたらしい。奇跡が二度続くとそれは奇跡ではない可能性が高い。  忌一のジャケットの内ポケットから、しわがれた老人の「妙じゃな…」という呟きが聞こえたが、それとは対照的に目を輝かせる小咲は「これはもう運命だよ!」と、テーブルを乗り出す勢いだ。 「何か神がかり的な力が二人をくっつけようとしてるとしか思えないじゃないか。大体、茜ちゃんみたいなイイ娘にまだ恋人もいないなんておかしいじゃないか。あの色男君は引く手数多だろうが、探している部屋を見る限りまだ独り者のようだし……」 「か、彼女がいるかもしれないじゃないですか!」  すると目の前でチッチッチと人差し指を左右に振られる。 「二度目に紹介した物件の中には、条件に合致するイイ物件があったんだよ。引っ越しシーズンにはまだ早いこの時期、なかなか良物件には出会えないもんでね。私の経験上さすがにこれには飛びつくだろうと思ったが、でも彼は断った。何故か? 彼女にまた逢うためさ!」  それは強引な主観だと思うのだが……とは口に出せず。何故ならそう推測した小咲がこれ以上ないほどのご満悦だからだ。とりあえず落ち着こうとお茶をすする。  「それにね…」と、その色男が店に来るようになってから店の売り上げが順調に上向いているのだと、小咲は付け加えた。恐らくご満悦な理由は、こちらの比重の方が高いのだろう。  半年前に茜から依頼を受けた時、怪異のせいで物件が売れず店が潰れかけていると聞いていたので、この幸運が嬉しくてしょうがないのもわからなくもないが。 「茜ちゃんも初恋の人に再会出来て嬉しそうだしね」  その一言で、とうとう口内のお茶をぶちまける。 「き、汚いな忌一君……」 「今何て言いました?」 「汚いよ(きみ)!!」 「そこじゃなくて!」  興奮気味に言うと、小咲はハンカチで顔を拭いつつ「あぁ、茜ちゃんの初恋の人かい?」と答える。 (初恋……だぁ?)  気が付くと忌一は、ソファからゆっくり立ち上がっていた。
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