雨月ノ君ハ 冷タイ唇

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 突然雨が降り出し、逃げるように走って建物の軒下へ入る。先程の物件から五百メートルも離れていない距離に次の物件はあった。  同じように閑静な住宅街が続く中、一階と二階合わせても四世帯しか住めない小ぢんまりとしたアパートだ。  持っていたタオルハンカチで軽く服の水滴を払うと、隣でネルシャツを引っ張って水滴を飛ばそうとしていた白井にそれを渡した。 「ありがとう。急な雨で驚いたね」 「本当ね。今日雨が降るなんて、天気予報では全く言わなかったのにな……」  辺りにはゴロゴロという雷鳴が轟き、遠くの方でチカチカと稲光が光る。さっきまでの晴天が嘘のように、急に発達した雨雲が周辺を暗く染めていた。  茜はそそくさと『101号室』の鍵を開け、彼を室内へと促す。毎回お馴染みとなっている、ガランとした空気がすぐに二人を出迎えた。  外が雨だからか、それとも室内に光が差していないせいか、湿気を含んだ埃っぽい臭いが、室内の寂しさを際立たせる。二人は用意したスリッパに履き替え、部屋の奥へと進んだ。 「この部屋はさっきのより収納がいっぱいあるよ」  陽当たりの良さを気に入ったであろう先程の物件は、意外にも「収納が少ないね」という感想だった。あれで収納があればパーフェクトだったと彼は言うが、完璧な部屋など存在するのだろうか。  今までも「陽当たりが良ければ」、「ユニットバスじゃなければ」と、あともう少しだと言わんばかりで物件を断っている。もう内見を十軒以上こなしている彼であれば、そろそろ妥協を学んでもいい頃合いだ。  もしかして目的は部屋探しじゃないのかもと、正直疑い始めていた。  リビングに入ると途端に天井が高くなり、解放感を感じる。部屋の端には梯子が備え付けてあり、ロフトへと続いている。その下はクローゼットになっていて、スチール製の扉をスライドさせると、「これは広いね」と感嘆の声が上がった。 「白井君の本、全部入りそう?」 「あはは。まぁね」  返事とは裏腹に、少し残念そうな顔つきでリビングの窓を見る。外はほぼ塀で覆われており、その向こうには二階建ての家が隣接しているので、西向きのこの窓にはあまり日が差し込みそうもなかった。先程の部屋からすると、かなり印象は悪そうだ。
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