最後の生徒

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「先生、今までありがとうございました」 私は先生から貰った帽子を落とさないように気を付けてお辞儀をした。 先生の表情は、変わらない。先生の表情が変わるところなんて見たことなかったし、結局最後まで分からなかったように思えた。 「ああ、あんたももうそんな時期なのかね。いやはや、また寂しくなるね」 「そんなこと言わないでくださいよ先生。今生の別れってわけでもないのに!先生にはきっとまた会いに来ますよ!」 「……あんたみたいに言うのをもう何人も見送ってきたんだ。でもねぇ、誰一人としてここに戻ってくるのはいなかったよ」 確かにそうなのだ。この先生の下で学んだ生徒たちは皆凄い人になって、先生に会う暇なんてまるでなくなっていたからだ。そのくらい私も知っていた。 「でももうあんたで最後かね。そろそろ隠居する頃合いだろう」 隠居する、となると先生は一人で生きてゆくのだろう。どこかいつもの先生より寂しそうに見えた。 「先生、一人にはさせませんから、私と一緒に行きませんか?」 「嬉しいねぇ。でも、遠慮しておくよ」 最後の最後、ちょっとした好奇心だったのかもしれない。或いは先生への同情心からだったのかもしれない。そんな一言はあっさりと打ち破られた。 「あんたの腕なら儂がいなくともどんな困難だって跳ね飛ばせるような魔法を使えるさ。だからほら、行くなら早くお行きなさい」 「でも!先生はこの先一人で……」 先生は沢山の魔道具でできた頭を揺らした。その時、頭から部品が一つ転げ落ちた。 「ほら、この通り頭にもガタが来てるのさ。これはあんたにやるから、儂とどうしても一緒に行きたいっていうのならそれを持ってお行き。それは杖の部品にでも使いなさいな」 部品の取れた先生は心なしか、笑顔のようにも見えた。 「……先生、今までありがとうございました。行ってきます」 「ああ、いってらっしゃい。儂の最後の生徒よ」 私は魔法使いとして、それから先生の生徒だったものとして一歩踏み出した。
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