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 言葉を失う忌み子を前に、女は滔々(とうとう)と語り始める。  ――私と同じ髪色をしていたのが気に入った。  ――試しに飼ってみようと思った。  ――愛着が湧いた。お前を手放したくなかった。  ――だから、家族を殺したと嘘をついた。  ――お前を捨てた家族のことなど、死んだと知れば忘れるだろうと思っていた。  嘘だ。忌み子は直感する。  嘘だ。忌み子が指摘した。  女が初めて、明るく笑った。舞う血の(しずく)が、忌み子の顔に花を散らす。  ――私は、お前だった。  その言葉だけで、忌み子には十分だった。  忌み子は理解した。この女は自分と同じなのだと。  何も言えず立ち尽くす忌み子へ、女が手を伸ばす。  ――お前は、私になってほしくなかった。  忌み子は理解した。この女も自分とは違う同じ道を歩んできたのだと。  女の手が、忌み子をそっと抱き寄せる。  ――すまなかった。ひどいことをしたし、ひどいことをさせた。恨んでも憎んでもかまわない。  忌み子は理解した。この女は、自分を想っていたのだと。  女の口が、忌み子の耳元で言葉を(つむ)ぐ。   ――あいつだけは許せなかった。それに、お前があそこに戻ればまた同じことになると思った。  忌み子は理解した。この女は、自分のために手を汚したのだと。自分を守ろうとしたのだと。  絞り出すかのような女の声を、忌み子はただじっと聞いていた。  震えを捉えた女の手が、忌み子をいっそう強く抱きしめる。その力の弱さに、忌み子はついに耐え切れず、その手を女の背へと回した。  ――お前はもう、必要ない。  女は忌み子を捨てた。  ――お前はもう、ひとりで生きていける。  女は忌み子を認めた。  ――お前はもう、強くなった。  女は忌み子を(たた)えた。  忌み子の手に力が籠もる。傷から走る激痛に、しかし女は歯を食いしばりひとつの悲鳴も漏らさない。  ――しつこい奴らだ。  女の声に遅れて、遠くから足音がした。壁に響いて伝わるその音は、だんだんと大きくなって近づいてくる。  足音の主が敵か味方かわからなかったが、女の言葉から、忌み子は敵と判断した。  忌み子は女から離れ、傍らに落ちていた短剣を拾い上げた。女が常に身に着けていたそれは、刃も(つか)も血に塗れ尽くしている。  生まれて初めて武器を手に取った忌み子の肩を、女の手が掴む。  ――絶対に、人を殺すなと、言ったはずだぞ。  口の端から血の(すじ)を垂らし、それでも女が笑って言う。  ――お前には、人殺しなど、させたく、ない。  血の気の引いた白磁(はくじ)の顔で、それでも女が笑って言う。  ――私の、ように、なるな、頼む。  忌み子の肩を支えに立ち上がり、声も体も震わせながら、それでも女が笑って言う。  忌み子は理解した。ああ、これも嘘だったと。  女の手が、忌み子から短剣を奪い取る。  女の腕が、忌み子の体を抱き上げる。  ――お前は、忌み子などではない。  女が、涙に濡れる忌み子の頬に口づけする。  ――生きろ。  女は最後に、忌み子へ最期の笑みを送り、忌み子を窓の外へと投げ捨てた。
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