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10
言葉を失う忌み子を前に、女は滔々と語り始める。
――私と同じ髪色をしていたのが気に入った。
――試しに飼ってみようと思った。
――愛着が湧いた。お前を手放したくなかった。
――だから、家族を殺したと嘘をついた。
――お前を捨てた家族のことなど、死んだと知れば忘れるだろうと思っていた。
嘘だ。忌み子は直感する。
嘘だ。忌み子が指摘した。
女が初めて、明るく笑った。舞う血の雫が、忌み子の顔に花を散らす。
――私は、お前だった。
その言葉だけで、忌み子には十分だった。
忌み子は理解した。この女は自分と同じなのだと。
何も言えず立ち尽くす忌み子へ、女が手を伸ばす。
――お前は、私になってほしくなかった。
忌み子は理解した。この女も自分とは違う同じ道を歩んできたのだと。
女の手が、忌み子をそっと抱き寄せる。
――すまなかった。ひどいことをしたし、ひどいことをさせた。恨んでも憎んでもかまわない。
忌み子は理解した。この女は、自分を想っていたのだと。
女の口が、忌み子の耳元で言葉を紡ぐ。
――あいつだけは許せなかった。それに、お前があそこに戻ればまた同じことになると思った。
忌み子は理解した。この女は、自分のために手を汚したのだと。自分を守ろうとしたのだと。
絞り出すかのような女の声を、忌み子はただじっと聞いていた。
震えを捉えた女の手が、忌み子をいっそう強く抱きしめる。その力の弱さに、忌み子はついに耐え切れず、その手を女の背へと回した。
――お前はもう、必要ない。
女は忌み子を捨てた。
――お前はもう、ひとりで生きていける。
女は忌み子を認めた。
――お前はもう、強くなった。
女は忌み子を称えた。
忌み子の手に力が籠もる。傷から走る激痛に、しかし女は歯を食いしばりひとつの悲鳴も漏らさない。
――しつこい奴らだ。
女の声に遅れて、遠くから足音がした。壁に響いて伝わるその音は、だんだんと大きくなって近づいてくる。
足音の主が敵か味方かわからなかったが、女の言葉から、忌み子は敵と判断した。
忌み子は女から離れ、傍らに落ちていた短剣を拾い上げた。女が常に身に着けていたそれは、刃も柄も血に塗れ尽くしている。
生まれて初めて武器を手に取った忌み子の肩を、女の手が掴む。
――絶対に、人を殺すなと、言ったはずだぞ。
口の端から血の筋を垂らし、それでも女が笑って言う。
――お前には、人殺しなど、させたく、ない。
血の気の引いた白磁の顔で、それでも女が笑って言う。
――私の、ように、なるな、頼む。
忌み子の肩を支えに立ち上がり、声も体も震わせながら、それでも女が笑って言う。
忌み子は理解した。ああ、これも嘘だったと。
女の手が、忌み子から短剣を奪い取る。
女の腕が、忌み子の体を抱き上げる。
――お前は、忌み子などではない。
女が、涙に濡れる忌み子の頬に口づけする。
――生きろ。
女は最後に、忌み子へ最期の笑みを送り、忌み子を窓の外へと投げ捨てた。
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