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 忌み子は逃げ切った。  襲撃が誰の仕業かはわからなかった。伝手(つて)を使って調べればわかりそうだったが、忌み子には興味がなかった。  襲撃後、覆面たちはバラバラになった。互いに奪い合い殺し合い、しばらく街中を騒がせたが、忌み子には興味がなかった。  女に捨てられ自由となった忌み子は覆面を外し、街で働き始めた。  忌み子は読み書きができ、簡単な計算ができ、力仕事ができ、腕っぷしがあった。  忌み子の素顔を知る者はごくわずかだったし、覆面たちは争いに夢中で忌み子のことなど気にもしなかった。  そのため忌み子は、豊かではないが食うに困らぬ程度の生活を送ることができた。  今の生活が女の望んだものかはわからないが、きっと女は否定しないだろう。そう考えて、忌み子は日々を送る。  そんな忌み子を捉えて離さないことがひとつだけあった。  女の行方がわからなかった。  襲撃後、事情を知る覆面に聞いたところ、女の死体はなかったと言われた。  殺した証として襲撃者が持ち出したのか、あるいは猫のようにどこかへ隠れたのか、それとも――  女が最後に見せた笑顔は、まさしく死にゆく者のそれだった。  しかしあの女のことだ、最後の最後まで忌み子を(だま)したのかもしれない。  可能性はいくらでもあったが、忌み子には興味がなかった。  女のことを忘れさえしなければ、いつかきっと出会えるだろう。  生きていれば現世(うつしよ)で、死んでいても夢の中で、いつかきっと出会えるだろう。  女の冷たさと温かさ。  女の偽りと想い。  女の冷ややかな目と笑み。  そして――女の灰の髪。自分と同じ、灰の髪。  女のすべては自分の心に刻まれている。だから、いつかきっと出会えるだろう。
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