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 さらに二年が経ったとき、それは突然に起きた。  女の住処(すみか)が何者かにより襲撃された。  夜中、簡単な盗みの仕事を終えて女の住処に戻った忌み子は、明らかな違和感に気づいた。  いかなるときも立っているはずの見張りの姿がどこにもなかった。入り口の扉は蝶番(ちょうつがい)が外れ、斜めに傾いていた。  あたりを警戒しながら忌み子が住処に踏み入ると、血の海が広がっていた。  見覚えのある男たちと見覚えのない男たちが、そこら中でこと切れている。どれもこれもから血が流れ、服を伝って床を赤く染めていた。  忌み子は、物陰に隠れながら慎重に住処を捜索した。生きている者の姿はない。どいつもこいつも死人ばかりだ。  死体を避け、あるいは踏みつけ奥へと進む。そうして、最奥の女の部屋にたどり着く。  扉に耳を当てるが、人が動く気配はない。  扉の鍵は開いていた。音を立てぬようゆっくりと押し開け、中の様子をうかがいつつ部屋に入る。  血塗(ちまみ)れの死体が三つ。どれも見知らぬ男のものだ。おそらくここを襲撃した奴等だろう。  その奥に、女がいた。  壁に背を預けて座り込み、赤く染まった腹を抑えて(うつむ)いている。覆面の下半分が降ろされ、素顔があらわになっていた。  よくよく見ると、肩がわずかに上下している。死んではいないがこちらに気づいてもいないようだ。  その姿を見て、しかし忌み子には何の感傷も湧かなかった。そのかわりに湧き上がったのは、ようやくこの日が来たという高揚感だった。  できる限り足音を殺して、女のところへ歩み寄る。  女まであと三歩というところで、気配を察したのか、女がゆっくりと顔を上げた。苦しげな目と美しい瞳で、忌み子の顔をまっすぐに見る。  実に五年ぶりに、忌み子が口から声を放つ。  何があったんだと、忌み子が問うた。久々に声が聞けたなと、女が笑った。  誰にやられたんだと、忌み子が問うた。心当たりが多すぎてわからないと、女が笑った。  なぜ女が笑っていられるのか、忌み子は理解に苦しんだが、構わず女を(さげす)むことにした。  ざまあみろと、忌み子が嘲笑(あざわら)った。女は笑みを浮かべたまま何も言わなかった。  (ばち)が当たったんだと、忌み子が(ののし)った。女は笑みを深めただけで何も言わなかった。  これでようやく自由になれる、忌み子がそう言い放つと、女はようやく口を開いた。  ――そうだな、お前なんてもういらない。さっさと自分の家へ帰れ。  その言葉を、忌み子は理解できなかった。  自分の家だと。そんなものはもうない。お前が家族を、村人を皆殺しにしたんだろう。  次々と放たれる忌み子の声が、死にかけの女をなじる。そこへ、女の口がさらなる言葉を紡ぐ。  ――バカが、小さいとはいえ村ひとつ。私ひとりで皆殺しにできるわけがない。殺したのは、あれただひとりさ。  その言葉を、忌み子はすぐに理解できなかった。  ふざけるなと、忌み子は女につかみかかった。襟元(えりもと)を締め上げ、女の顔を正面から見据える。  忌み子にとって、女の顔を見るのは、初めて出会ったあのとき以来だった。  記憶の中に残っていた女の顔はただただ綺麗だったが、目の前にある女の顔はただただ美しかった。  そこで、忌み子はあることに気づく。  女の覆面の上半分がずれて、髪がわずかにはみ出している。その色は、まるで――  忌み子の手が女の覆面を掴み、乱暴に取り払う。  この瞬間まで、忌み子は女の髪を見たことがなかった。忌み子の前では、女は常に覆面をかぶっていた。女の顔も髪も、常に覆面の下に隠されていた。  ――ついにバレたか。まぁ、もう隠す必要もない。  ふわりと広がった女の髪は、忌み子と同じ灰色をしていた。
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