第1章 始まり

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第1章 始まり

私は、夢を見ていた。 大きな舞台。緊張感が漂う空気。会場中の人が私を見ている。 この一本。周りの人から見たら、たかが一本かもしれない。だが、このたかが一本に高校生活の全てをかけて来た。 ここは私だけの舞台。誰にも邪魔されない舞台。 さあ、始めよう。私たちだけの「花を咲かせよう」。 * 「あー…マジか。」 私、勢川志音は入学早々窮地に立っていた。 弓道部に入りたいがためにこの「緑花高校」に入ったのだが、その肝心の弓道部は酷い有様だった。私は手に持っていた地図を落としそうになった。 汚れた道場、弓や“かけ”(弓を引くときに必要な手袋みたいなもの)がそこら中に散らばっている状態である。 また、安土もパサパサに乾いた土だけが残っており、整備もされていない。しかも、穴が開きまくった的が看的(かんてき)の中に山のように積んである。的を張り替えた様子もまるでない。 矢道(射場から的までの道のこと。一般の距離は28mとされている。)には人が入って来たと思われる痕跡がいくつか残っている。ここの矢道は、細かい石が敷き詰められているため、足跡がよく目立つ。 (これが、本当に“あの”弓道部なの…?) 勢川はすでに呆れていた。目的としていたものが、全くと言っていいほどない。 (さて、どうしたものか。このまま諦めるのもなぁ…。) そう一人で悶々と考えていると、一人の女の人が弓道場にやってきた。 「あれ、あなた、入部希望者?」 呆然と立ち尽くしていると、左側から声をかけられた。振り向くと、そこには女の人が立っていた。 「ボーッとしてないで入ったらどう?」 そう言って現れた女の人はなかなか身長が高い。おそらく、170近い身長があるのではないのだろうか。腰まである長い髪をなびかせながら歩いてきた。 「え、あの、入っても…いいんですか?一応、入部希望で来たんですけど…」 おずおずとしながら話したからか、女の先輩は顔を歪めた。こっちに向かって歩いてくる。 「申し訳ないけど、弓道部はもう廃部になるのよ。残念だったわね。」 そう言いながら私の目の前を通り、道場の中に入って行く。その後を付いて行くように私も道場の中に入る。 「え、どういうことですか?だって、ここの弓道部って…」 「そうよ。今からちょうど7年前、全国大会初出場にも関わらず、全国制覇をした“あの”緑花高校弓道部よ。でも、そんなのは昔のお伽話のようなものよ。実際に、一回しか全国行って優勝してないし。本当に存在していたのかも不明なの。なにせ、その優勝トロフィーが見つからないのだもの。ただ、代々この弓道部に受け継がれてきた話ね。」 この先輩は他人事のように話している。本当に興味がないのだろうか。あれだけ有名になったのだから、さぞ多くの部員が入ってきたのではないのだろうか。そう思った。 すると、それを見抜いたように先輩は話し始めた。 「そりゃね、最初は物凄い人数が入っていたみたいよ。ただね、指導者の先生がかなり厳しくて、練習についてこられない人が多かったらしいの。」 そう言いながら、弓の弦を張り、かけをつけ始めた。綺麗な姿勢で付けているのを見ると、道具の使い方が丁寧なようにも見える。 「元々、体罰も多かったから、保護者の苦情も多かったみたいで。そのせいで、次の年にはその先生は他の学校に飛ばされちゃったわ。」 (そう…だったのか…。そんなこと、全然知らなかった…) だから、あれ以来の話は全く聞くことがなかったんだ。私も、個人的に色々調べていた。でも、何も手がかりはなかった。まるで、本当に存在したのかが分からないくらいに。 それでも、私は諦めることは出来なかった。だから、この高校に来て弓道部に入ろうと思ったのだ。そしたら、何か分かるのではないのかと思った。でも、現実はそんなに甘くなかったのだ。 「あの、話変わるんですけど、廃部ってどういう…?」 それとこれとは話が別だ。全国に出場することが出来なくなったからと言って、廃部になるとは限らない。なら、なぜ廃部になるのだろうか。 「ああ、それはね…」 と話しかけた時、 「ああ!もしかして!新入生!?」 息を切らしながら、大きな声で道場の中に入って来た一人の男の人。ちょっと明るめの髪色で、茶色っぽい。そして何より… 「で、でかい…」 私は一五五㎝しかないのだが、相手の男の人が大きすぎるため、見上げることになってしまう。おそらく、一八〇㎝以上はあるのではないのだろうか。 (いや、デカすぎじゃない…?) 「うわ、煩い奴が来た…」 「おいー!華―!煩いってひどいなー!元気って言ってくれよな!」 男の先輩は腰に手を当てながら、プリプリという効果音が合うように頰を膨らませている。その姿は拗ねている子供のように見えた。 (てか、この女の先輩、華って言うんだ…。なんて言うか、名は体を表すとはまさにこのことなんだな…) うーん、と唸りながら考えていると 「それを煩いっていうのよ… はあ… あと、下の名前で呼ばないで。立川って呼べと言ってるでしょ? あと、この子は入部希望者みたいよ。でも、もう廃部になるじゃない?だから、どうしようかと思って。」 そう言いながら軽い準備体操を始めた。 (あ、そうえば…) 「あの、その廃部って…」 「ああ!そのことだけど、この部活って人数足りないから廃部寸前なんだよな!」 (え、そんなに明るく言うことなのか…?) 目を見開いて、口を開けたまま聞いていると、華先輩がこう言った。 「だからね、あなたが入ってもあと最低2人入らないとダメなのよ。団体戦出るなら尚更よ。後4人は必要になるわ。どちらにせよ、次の大会が終わったら廃部確定ね。」 「え、そ、そんな…」 私が思っているよりも、事態は深刻だったようだ。そんな危機に晒されているとは、全く知らなかった。 それに、後4人なんてとてもじゃないけど、集まる人数ではない。2人だけ集めても、先輩が辞めてしまったら終わりだ。私含めて5人必要なのだ。 でも、他の先輩ならいるかもしれない。そう思い、近くにいる男の先輩に話しかけてみた。 「あの、先輩… 他の先輩とかは…」 「ああ、他のやつか!?もう1人いたけど、昨日辞めちまった!わはははは!あ、俺のことは聡太って呼んでくれ!フルネームは谷聡太(たに そうた)な!よろしく!」 (いきなり自己紹介ですか…) 大きな声で笑いながら聡太先輩は私の方に手を差し出してくる。とりあえず、悪い人ではなさそうなのは確かだ。 ただ、元気が有り余っていると言うか、馬鹿正直なのかもしれない。と りあえず、私は微笑みながら手を差し出し握った。そうすると、聡太先輩は私の手を強く握って大きく縦に振った。強い。力が強すぎる。さすがにこんなに振られると手だけではなく、腕も痛い。 「で、あんたは何をしに来たの?」 そう華先輩は冷たく言い放った。 「私、練習するから静かにして欲しいんだけど。あんたがいると集中出来ない。」 華先輩はもうすでに準備が終わって、矢を持っていた。早く引きたい、とその気持ちがひしひしと伝わってくる。 「ん?あ、そうそう!入部希望者のやつがいたから連れて来たんだよ!ほら!入ってこいよ!」 出入り口に向かって叫んだ聡太先輩。そして、黒髪で肩くらいの長さの女の子が入って来た。身長は私と身長は変わらない程だが、若干つり目でなかなか威圧感がある女の子だ。 「…ども」 小さい声でそう言った。微かに聞こえたが、すぐに黙ってしまった。人見知りするタイプなのか、私とは全く目を合わせず、道場をキョロキョロしている。 「こいつ、さっきそこでウロウロしていたんだよな!そこで、声をかけたら、弓 道部の入部希望って聞いたから連れて来たんだよ!」 聡太先輩は道場とは正反対の方向を指差して説明をした。この道場は敷地内の端っこにある。そのため、生徒の目にはなかなか付かない。私も、校内の地図を片手に迷いながら来た。 「ほら、自己紹介しろよー!」 そう言いながら、聡太先輩がその女の子を前に軽く押す。その女の子は小さい声で自己紹介を始めた。 「松川愛香。よろしく。」 (短すぎる…!) そう心の中で即座に突っ込んだ。 この短い自己紹介を終えた後、その子は予定があると言って帰ってしまった。第一印象は悪くはないが、愛想が良いとはお世辞でも言えない。どちらにせよ、入るのだったら仲良くしないといけないのだ。 (まあ、なんとかなるよね) そう呑気に考えていた。
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