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依頼が来たのは今朝だった。
家の扉を激しく叩く音にぼくは起された。
起こしたのは村の豪商秋元家の主人とその奥さんだった。
二人は父に何度も何度も頭を下げていった。
お助け下さい。十九歳になる倅が邪狐狸にやられていると。
邪狐狸とは人の心を盗む魔物で人の姿に化ける。その姿は美しく、心を盗まれた者は邪狐狸に夢中になり何もかもが手に着かなくなる。毎夜毎晩邪狐狸が家に来てくれることだけを切望し、それ以外の時間は側にいないことを嘆き苦しみ伏せるのだ。
恐ろしいのはそれだけではない。身内が異変に気づいて護衛をつかせ、邪孤狸を近づけないようにしても無駄なこと。その美しい姿を見た者は言葉を失い、呆然と立ち尽くすだけなのである。
そして逢瀬を繰り返したのち喰らう。
「何と情けなきこと。我が倅が邪狐狸などに。そのような物に惑わされることがないよう育て上げたはずなのに」
父を前に秋元家の主人は豪商らしい恰幅のいい体を折って悔しがる。その横で奥さんは涙をぬぐう。
「されど倅。助けてやりたいと思うのが親。知り合いの紹介である男に退治を頼んだのですが。朝我が家の中庭にて腹を刀で刺されたその男を見つけた次第です」
奥さんから押し殺した声が漏れる。
「先生の腕を聞きつけ駆けつけたのでございます。どうかお助け下さい。このままでは倅が邪狐狸に食われてしまいます」
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