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第12話
「いらっしゃい!今日はよろしくね」
佐島は肩掛けのカバンの紐を両手にぎゅっと握り、緊張した面持ちで我が家を訪ねて来た。今日は、佐島が初めて茶園の手伝いをしてくれる日だ。よろしくお願いします、と頭を深々と下げた佐島に、きちんとしてて偉いねと母ちゃんは感心している。眠い目をこすって俺はあくびをすると、それに気付いた佐島は、俺にもぺこりと頭を下げた。確かに、律義な奴である。
「今日は茶園の様子を見ながら、どんな事をするかお話していくから」
母ちゃんはそう言うと、ジャージに着替えた佐島に、にっこり笑む。佐島は目を逸らしてドギマギしている。恐らく、この年代の異性にこんな接し方をされた事がないのだろう。分かる。俺も、俺の母ちゃんだから慣れてるけど、友達の母ちゃんがこうだったら緊張するかもしれない。
うちの茶園は広い。とはいえ、茶園は広さがあっても作れる限界があるので、いわゆる東京ドーム何個分、という次元ではないが、見渡す限り茶園と海、という規模だ。俺達が話している遠い遠い奥の方で、父ちゃんがしゃがんで何か作業をしている。
「お茶って知ってるだろうけど、葉っぱから出来るんだよ。お茶になってくれる葉っぱを貰って、お茶にしていくのが、うちらの仕事なんだ」
あれこれと話している母ちゃんの会話に、へえ、だとか、なるほど、だとか、相槌を打ちながら話を聞いている佐島を横目に、俺は奥に見える海を見た。もうすぐ冬の海がやってくる。寒いけど、魚釣りは楽しくなる季節なんだよな、と、全く違う事を考えながら、余所見をしていた。
「そしてこれが、今一番新しい茶葉」
母ちゃんは佐島にどうぞ、と渡して、商品のひとつを見せる。
「舌触りが一番爽やかで、渋みがあまりない。簡単に言うと、ごくごく飲めるお茶。しっとり飲みたいなら、こっち。でも、お茶の中にもランクってのがあるんだ」
横から口を出すと、佐島は目を丸くして俺を見上げた。
「多分、佐島のばあちゃんなら知ってるんじゃないかな。お茶、好きな人は結構詳しいから。自分の好みに合わせて楽しめるのも、お茶の魅力のひとつ」
「…おばあちゃん、よくお茶飲んでます。健康に良いからって。それに、寒くなって来たから、美味しい時期になって来たって言ってました」
母ちゃんは良かった、と目を細めて、佐島に色々な種類の茶葉の袋を渡した。
「良かったら持ってって。おばあちゃまの回復祝い」
「え、でも、こんなに、…」
「良いから、良いから。お茶が好きな人にたくさん飲んでもらいたいし。おばあちゃまの健康も願って、ね」
好き好きあるだろうけど、色々飲んでみて、と母ちゃんは袋を纏めて佐島に手渡す。佐島はおもてなしに戸惑いながら、ありがとうございます、と頭を下げる。
「うちの父ちゃんともお話をって思ったんだけど、うちの人口下手だから。あまり言葉数少なくてね。初めての会話が弾まなくても、気にしないでね」
「父ちゃんさ、マジ何も喋んねえの。新聞とテレビばっか。たまに話して、おい宿題は、だぜ?」
「それは、宿題をしているという信頼をご両親にお渡ししていない先輩が悪いです」
ま、と母ちゃんはガハガハ笑っている。何か責められたし、と俺は苦虫を嚙み潰したような気分になり、頭をわしわし掻いた。
よかったら少し上がって、と母ちゃんは佐島をうちへお茶でおもてなしをしている。俺は熱い茶をずーっと飲み干し、一息ついた。
「先輩、熱いの平気なんですか」
「全然。寧ろ熱々の方が好き」
「…ボク、猫舌なので、お待たせしちゃうかもしれないです」
「いいよ、ゆっくり。うち、バタバタしてるけどさ、佐島が明日来るって皆楽しみにしてたんだ」
楽しみ、と佐島はぼんやりと呟く。不思議そうな面持ちに、成程、こういうおもてなしもあまり慣れていないのかもしれない、と俺はあぐらをかいて、佐島の方に身を向けた。
「母ちゃんが特にうきうきしてて。俺って、友達はいるけどあんまり家に呼ばないんだ。茶なんて興味ない連中だし。それで、佐島がこの前来た日なんかも、お前が帰ってすぐに、次はいつ来てくれるの、って母ちゃんがうっさくて」
「うっさいって、親に向かって何言っとんのや」
「いたい!」
お盆で頭を叩かれた俺は声を上げる。先生の教科書の比なんかじゃない。躊躇というものが一切ないから。俺は頭を押さえて、母ちゃんを見上げた。
「可愛い息子が増えたって感じよ。うちの子はぜんっぜん可愛くないけど」
「可愛いって言われても嬉しくねー!」
佐島は口に手を当てて、クスクス笑っている。そうして、良い具合の温度になったのか、お茶を啜って、目を丸くした。
「この前と、味が違う」
「お、鋭い。ちょっと茶の種類が違うんだよ」
色々あるんだな、と佐島は色んな角度からお茶を見ている。あ、茶柱、と佐島は目を輝かせていた。今でこそあまり気にしなくなったけど、昔は父ちゃんと茶柱競争なんて言って、1か月の茶柱が多い方が勝ち、なんてゲームもやっていたな。懐かしい。
「どうだった?うちの茶園」
「…広くて、歴史を感じました。ずっと代々、大切にされてきたんだなって。お父様が遠くで、肌寒い季節なのに、汗を拭っていらっしゃったから。あまり気にした事もなかったけど、海も相まって綺麗だなって」
「良い島だろ?」
俺の島じゃないけど、地元を褒められて素直に嬉しかった。佐島はふんわりと笑んで、頷いた。
「お手伝い、きちんと出来るように頑張ります。よろしくお願いします」
母ちゃんは、よろしくね、と佐島の背中をぽん、と叩いて、この礼儀を息子にも見習って欲しいわ、と嘆いていた。皆違って皆良いんだぞ、母ちゃん。
続
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