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「――あの子は、いつもあの調子なんですか?」
青年は、隣に立つ初老の男に問いかけた。
ドアに設えてある小窓から見た、少年――ハルの姿は、彼にとって痛々しいものだった。
男は、つらさを滲ませた青年の声に呼応するように一つ息を吐くと、「そうだ」と頷いた。彼には、青年の気持ちがよくわかった。自分も、初めてその光景を目の当たりにした時、同じ反応をしたからだ。それは、彼らが職務に従事した長さに関係なく、見ればその多くが胸を痛ませるものだった。
「治る見込みは、あるんですか?」
「残念だが、無いだろう。真実を言っても受け入れないし、たとえ受け入れたとしても、あの様子では恐らく死を選ぶだろうから」
「では、あの子は一生あのまま……」
「ここには、多かれ少なかれそういう人はいるものだよ」
男は、ふい、と青年から視線を外すと、止めていた足を動かし、歩き始めた。
「それはそうでしょうが、そんな言い方しなくても。まだ幼いし、未来があるのに」
男の突き放したような発言が癇に障ったのか、青年は抗議するように男の背へ言葉を投げる。
「それは、あの子の親に言うべきだよ」
男は再び足を止めると、背中越しに青年を振り返る。真っ白な廊下に溶け込む白衣の上に、白髪交じりの髪と黒縁眼鏡が載った哀しげな顔を浮かべ、彼は言った。
「鏡に映る自分を死んだ双子の兄だと思い込むのは、あの子ら兄弟を置いて出ていった親のせいだ。飢えて衰弱している極限の状態で、事切れ冷たくなった兄の手をずっと握り締めていたら、ああもなるだろう。そのような結末を作ったのは、あの子たちの親だ。我々には、どうすることもできない」
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