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「あの……」
少年が近づいたところで声をかけるが、彼は何か考え事をしているのか、難しい顔をして、こちらに目を向けることもなくわたしの横を通り過ぎてしまった。
もしかして、聞こえなかったのかな……
「あの、すみません!」
慌ててもう一度、先ほどより大きな声を出すと、少年はやっと気づいたのか、はっとしたように立ち止まり、訝しげな視線をこちらに向ける。背の高い少年だ。
「……なにか?」
「あの、あなたもクラウス学園の生徒ですよね。すみませんが、学校までの道を教えてもらえませんか? 実は、地図をなくしてしまって……」
「ああ、なんだ。それならちょうどいい。俺も学校に向かうところだったし、案内しよう」
少年の表情がふっと緩んだかと思うと、にこりと微笑む。不意にそこにだけ光が差し込んだように錯覚した。思わずその笑顔に見とれそうになり、慌てて我に返る。
「ええと、よろしくお願いします」
あたふたしながらも、目の前の少年をさりげなく観察する。
艶やかな黒髪に映える白い肌。形のいい眉の下にくっきりとした涼しげな目もと。輝く紫色の瞳には、先ほどまでの警戒心は見られない。その端正な顔立ちと優雅な物腰にはどことなく気品が感じられ、生まれ育った環境が特別なのだと判る。
それにひきかえ自分はどうだろう。背だって高くないし、体つきだって貧相だ。そもそも性別が違うのだから当たり前なのだが。それでもなんとなくひとり気まずくなって、左目の下のほくろのあるあたりを人差し指で掻く。
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