日常と現実【3】

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日常と現実【3】

 個性は大切だと言いつつも、学校のような集団のなかでは個性を殺さずに生きていけるのは一握りである。例えば可愛かったりだとか、スポーツが得意だったりだとか他人が憧れる要素を持っていてこそだ。アニメに詳しかったりだとか、太っていたりだとか、それらが個性として光を浴びることはまずない。それどころか、マイナスの要因にしかなり得ない場合だってある。  今朝出会った少年だってそうだ。声とは個性のひとつであるはずなのに、そのせいで彼は幼稚園に行くことを拒んでいた。  凜はその点では、どちらでもなかった。佑樹の憧れであったという点からいえば前者であるのだが、彼女が持つのは誰もが憧れるような魅力とは違っていた。  ある人からみれば自分勝手と言われることだってあっただろう。自らの個性のプラスの面もマイナスの面も受け止めて、それでも彼女は行動を変えようとはしなかった。  自分は光る個性を待ち合わせてはいないし、だからといって凜みたいにもなれないだろうと、佑樹はそう思った。  勉強では辛うじて上位に入っているが、それは中学という義務教育の枠のなかでであって、高校へ進学すれば回りは自分と同等のポテンシャルを秘めているし、オメガという事実を鑑みるとむしろ不利になるのは目に見えている。  いじめられないか心配だというのももちろんだが、本当に佑樹が恐れているのは、人々のなかに無意識に刷り込まれた固定観念だった。  例えば制服として男は学ラン、女はセーラー服を着るというようなものは、その典型だろう。無意識のなかにあるオメガに対する固定観念がどのように作用するのか。  少なくとも佑樹の担任は、オメガに学は必要ないと思っているのかもしれない。オメガが進学校に進むことには反対なのだろう。昨日の担任の物言いから、佑樹はそう憶測していた。  そして担任の話は昨日で終わりともいかないらしい。朝礼後の朝読書の時間に、教室に顔を出した担任は佑樹を職員室へと誘った。職員室に担任に連れられ入っていくと、思い思いに授業の準備を進める教師たちの視線が一斉に向き、佑樹の姿を捉えると瞬時に散っていく。  その教師たちの行動に、佑樹は大人たちのオメガに対する認識をなんとなく感じ取った。教師ということもあって、あからさまに差別的な目を向けるものはいないが、自身の正体を知った上でみてみると、極力関わりを持ちたくないという心理の現れのように感じられた。教師たちはオメガを厄介事の火種とでも考えているのかもしれない。  佑樹は心地悪さを感じながら、職員室の端に置かれた椅子へと腰を下ろした。質問に来た生徒に対応できるように設置された、生徒用の勉強スペースだ。机を挟むような形で、真正面に腰を下ろした担任は、昨日最後に見たのと同じくらい深い皺を眉間に寄せている。 「今朝、ご両親からえらく慌てた様子で電話があった。佑樹は学校にきているかと」  そういえばと、佑樹は両親になにも言わずに家を出てきたことを思い出した。 「学校に来ていないようなら、警察へも連絡しなければならないとおっしゃってたな」  すごく大事になってきていることに、佑樹は俯いていた顔を反射的に起こした。向かいに座している担任と目があうと、担任は大きくため息をついた。 「今朝、お前が相田と校門を通る姿を確認していたから、登校していると伝えておいた。……で、昨日の件、ご両親と話したのか?」 「先生たちは知っていたんですね」  今さら担任はなにがとは聞かなかった。 「二次性徴の関係でいつヒートが起こるとも限らないからな。中学では入学時、学校へのオメガ性の申告が義務付けられている」 「なんで教えてくれなかったんですか!」  教えてもらっていたところで、なにが変わるわけでもない。それはわかっていたが、陰でなにを言われていたかと思うと、嫌悪感で鳥肌がたった。 「ご両親が隠している以上、こちらが安易にそれを明かすわけにはいかないだろう」  それは建前で、厄介事を避けたかっただけではないのだろうか。佑樹がオメガという秘密は大人だけが知るものだ。本人がそれを知らなければ、学生間でのある程度のいざこざは回避できる。 「所詮、他人事ってことですね」  淡々と呟いて、担任の思い通りになど動いてやるものかと、佑樹は席を立った。 「授業が始まるので、失礼します」
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