日常と現実【5】

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日常と現実【5】

 そもそも当たり前のように保健室で過ごす彼らは、いったいなにをしているのだろう。制服姿なのだから生徒で間違いないのだろうが、授業へ向かう気配もなく、だからといって体調が悪いようにはとても見えない。顔色も正常で受け答えもはっきりしていて、そんな彼らの言葉は、佑樹の援護をしているとはいえどこか邪険にしているようにも感じられた。 「俺、来ないほうがよかったですか?」 「いいえ、来たいときに来ればいいの。ここはそういう場所なんだから」  でも、と言葉を濁しながら、佑樹は生徒二人を見た。 「この子たちはこの子たち。あなたはあなたでしょ。ネガティブな思考に陥るのは体が疲れている証拠。ベッドに入っておやすみなさい  佑樹の視線を生徒たちから外すように、養護教諭は部屋の奥を顎で示した。テーブルを挟んだ部屋の奥には、カーテンで仕切らることができるベッドが二つ並んでいる。室内の話し声は漏れてしまうだろうが、カーテンで覆ってしまえば互いの行動を始終気にやむ必要はなさそうだ。  彼らが囲むテーブルを回り込んで、佑樹は養護教諭の指示に従った。ベッドに入ってしまえば、彼らのことはもう気にならない。ざぁっ、とカーテンを閉める音がして、佑樹は静かに瞼を閉じた。  睡魔はすぐに襲ってきて、佑樹を深い眠りへと誘った。  佑樹はチャイムの音で目を覚ました。養護教諭が言った通り、身体が疲れていたのだろう。頭は思いの外すっきりしている。  ベッドに横になったまま佑樹は、カーテンを見つめた。カーテン越しには、先程の生徒たちの話し声が聞こえる。そうなってくると、彼らの存在が気になった。佑樹は、ベッドから降りてカーテンを開いた。  突然のことに驚いたのか、会話が途切れなんだか気まずい。 「起きたのね。このままここにいる? それとも教室に戻る? それともやっぱり早退する?」  助け舟を出すように養護教諭が問いかける。このままここにいることを選べば彼らの相手をしなくてはならないのだろうか。  言葉に詰まったことを迷いと受け取ったのだろう。養護教諭はとりあえずといった具合に「お茶をいれるわね」と言って離れていった。佑樹はつ立ったまま、生徒二人に目を向ける。 「なによ」  女子生徒のほうが睨むように言った。黒髪を短く切った彼女の方が気が強いのか、男子生徒は黙ったまま俯いている。 「いや、なんで元気なのに保健室にいるのかと思って……」 「保健室登校がそんなに悪い?」 「保健室登校?」  そんなものがあるなんて、今までの佑樹だったら知ろうともしなかっただろう。だが今はそれがすごく魅力的な響きに聞こえる。今はクラスメートの誰とも会いたくなかった。  彼女たちにだって色々な理由があるのだろう。佑樹を警戒したのもそのためだったのかもしれない。 「誰にだって聞かれたくない理由があるでしょ。保健室にいたいならそれが暗黙のルール。それが守れないなら出ていって!」  どうやら佑樹は、彼女らから歓迎されていないらしい。当初からそんな気はしていたが、保健室は本来佑樹にだって利用する権利はあるはずだ。 「こらこら、勝手に追い出しちゃだめでしょ」 お茶をいれて戻ってきた養護教諭が女子生徒をたしなめる。佑樹にも座るように促して、テーブルの上に人数分のお茶を置いた。 「ごめんなさいね。普段ならこんなことないんだけど、この子ったら気がたってるみたい。ほら、優香子さんも謝って……」 「でも、みっちゃん先生」 納得できないとでもいう風に、優香子と呼ばれた女子生徒は養護教諭の名を呼んだ。だが養護教諭は反論を許さずに、にこりとわらった。 「謝ったら、ちゃんとお薬を飲むのよ」 はーいと渋々返事をして、優香子は佑樹に謝ったあとそっぽを向いてしまった。でも言われたとおり薬を飲むのか、鞄の中から錠剤を出している。 それを見て佑樹は、驚いた。優香子がもっていたのが取り出したのが、佑樹がいつも飲んでいたあのサプリメントだったからだ。 「もしかして、オメガ?」 佑樹のつぶやきに、優香子の肩が跳ねる。バレたくなかったから、追い出そうとしていたのか。 「だったらなによ。医学部狙いのあんたにはわからないでしょうね。私の気持ちなんて」 「なんでそうなるんだよ」 「だってそうでしょ。医者の息子だって有名じゃない。そんなあなたにオメガの気持ちなんてわからないでしょ!」 「あんたこそ、決めつけでものを言わないでくれよ!」 「はいはい、二人とも喧嘩はだめよ」 やんわりとたしなめた養護教諭は、端っこで身を縮めていた男子生徒の肩を慰めるように、ぽんぽんと叩いた。
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