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共にあるのは緑【四】
「一緒にいたいから僕はここにいるんだろ!」
本当は、もっともっと伝えたい思いがたくさんあった。でも言葉にできたのは、それだけだった。
僕の声に、店の中は静まりかえり、しかし間をおかず、老人と司さん、有希さんの三人から、緊張が解けたように穏やかな笑い声がもれる。
僕はそこでようやく自分が発した言葉を認識して、顔が異常に熱くなるのを感じた。
桃は自分に向けられた言葉の意味を認識しかねているのか、僕を見て大きな瞳を数度瞬かせている。
「私、と?」
どうして、とでも問いたげに見つめる桃の表情を真正面から受けて、僕の顔はさらに熱くなる。僕は必死にその顔を隠すように、顔を横に向けて声を絞り出した。
「他に誰がいるんだよ」
僕がこの店に出入りしているのは、桃といたいからに決まっている。今までそれを口にしたことはなかったが、わかりやすい好意だったとも思う。何より司さんは僕に対して含みを持たせた言い方をしていたし、拓は確証を持たないまでも、からかい半分にあんな言葉を口にくらいだから。けれど当の本人は、その好意を嬉しいと思いつつも、その理由を考えることを拒んできたのだろう。
拒絶が怖いから、桃は必要以上の好意に気付かない振りをする。僕はやっとそれがわかった気がした。だからこそ、再び思いを口にする。
「怖くなんてない。排除しようとも思わない。僕は、他ならぬ桃だから一緒にいたいんだ」
その言葉を音にした瞬間、桃の瞳からぽろぽろと大粒の雫が落ちた。
泣いてる――。僕は思わずぎょっとした。
「なんだよ。泣かせんなよ」
そんな僕を余所に、静はすかさず桃に寄り添い、その背をさすった。ちょっとだけその迷いのない動きが羨ましい。けれど、僕にそれを咎める時間はなかった。
「桃、嫌なら、嫌って言えばいい」
嫌だと言われたらどうしよう。ほんの一瞬の間に、不安はどんどん膨れ上がり、僕は身動きが取れなくなる。
桃は涙を隠すように視線を落し、僕を見ようとしない。
どうして――?
言葉にならない不安を断ち切ったのは彼女の声。
「……嫌じゃ、ないよ」
強張った身体の力がふっと抜ける。拒絶ではないその言葉が堪らなく嬉しい。
「また傷つくかもしれないんだぞ?」
でも、と彼女は言葉を選ぶように呟く。
「亮の言葉が嬉しいと思う自分がいるの……」
「僕だって、桃のその言葉が嬉しい」
この喜びを音にせずにはいられなくて、僕の声は弾む。僕の言葉を聞き、桃はようやく僕に目を向けて、口元を綻ばせた。
静の視線は批難するように鋭かったけれど、彼は何も言わなかった。きっと桃が笑ったからだと思う。
「他ならぬ理解者は、一番近くにいた、ということでよいのかな?」
老人の呟きが聞こえたけれど、僕は桃の笑顔に見惚れて、その後の会話は耳に入らなかった。
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