思い照らすは黄【三】

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思い照らすは黄【三】

 まさか、家出ってことはないよな。  この辺りは駅を挟んで西に伸びる通りに、ビジネスビルや雑居ビルが集約されてはいるが、東に十数分歩けば昔ながらの住宅街だ。少女が親戚の家に訪ねて来たなら、彼女はもちろん僕らと反対側に向かうはずなのだ。だからここにいるわけがない。  なにより駅の西は、通りが一本違うだけでも、ビジネス街になったり飲食街になったりと、雰囲気が一変してしまう。もちろんその中にはゲームセンターや漫画喫茶といった二十四時間営業の店も多いから、うまく事を運べば恰好の隠れ家となる。  あの子の手にしているメモは、そうした店の地図なのかもしれない。そこまで考えて僕は、大きく息を吐いた。  このまま放っておく訳にもいかないよな。  何より僕の連れは、そういったことを放っておけない性質なのだ。  僕は、ちらりっと桃の様子を窺った。案の定桃は、少女の様子が気になったのか「ちょっと声かけてくるね」と言って、早足に陰を出る。 「ちょっと待てって、桃」  止める間もなく、僕も慌てて陰を出た。アスファルトの吸収した熱が、再び足元から僕らの肌を焼く。じわりと嫌な感じに僕は眉を寄せたが、桃はそれを気にした素振りは見せず、よく通る声で少女の名を呼んだ。 「芽衣ちゃん!」  その声に少女は、突然のことに身を強張らせた。だがそれも一瞬で、こちらに向けた瞳が僕らを捉えると、表情が緩む。辛うじて紡ぎだされた声も、安堵の色がにじみ出ている。 「桃先輩……」 「久しぶりだね、芽衣ちゃん」  再度名を呼ばれ、今度は少女の表情が歪んだのがわかった。安心を通り越して、今まで抑え込んでいた不安が押し寄せてきたのだろう。まるで泣くのを堪えているような表情だ。  それを察した桃は、彼女の背をあやすように撫でてやる。 「大丈夫?」 「うう、桃先輩どうしよう」 「どうしようって何があったの? 見たところ大きな荷持つも持っているし、まさか家出じゃないよね」 「……」  少女は答えにくそうに、手元の紙に視線を落とした。釣られて僕が目をやると、やはりそれはどこかを示した地図だった。それも随分大雑把で、お世辞にもきれいとは言いがたい。駅を中心に伸びた線が通りを表しているのはわかる。そしてところどころに四角い枠組がなされ、ゲームセンターやらコンビニやら書き込みがなされている。 「あれ? この字……」  どこかで見たことあるような――。
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