見つけたのは青【ニ】

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見つけたのは青【ニ】

 僕らが目を向けると、現れた人影は二つ。  一人は僕にも見覚えがある。藍染の甚平に日よけの麦藁帽子、帽子の下から覗くのは皺の刻まれた優しげな目元だ。年の頃は七十歳前後といったその老人は、この喫茶店で何度か言葉を交わしたことがある常連客だった。そして見覚えのないもう一人は、彼の腕に手を沿え、細長い杖で床を叩きながら歩く女の子である。彼女はジーンズにスニーカーというなんとも簡素な出で立ちで、街でよく目にする同年代の女の子達が持ち合わせる雰囲気とは全く違っていた。だが甚平姿の老人と並ぶとひどく目立つ。老人の年齢から考えるとおそらく孫だろう。学校で見かけたことがないから、他の中学に通っているか、もしかしたら高校生であるのかもしれない。彼女が司さんのいう静だという可能性だってある。  僕が彼らの動きに注意を払っているのも気付かずに、老人は空いた方の手で日よけの帽子を脱ぎ、彼女をテーブル席へと促した。 「段差があるから足元に気をつけなさい」 「大丈夫よ。おじいちゃんは心配性ね」  彼女は手にした杖で床を叩く。コツコツとまるでヒールの音のように軽快な音をたて歩く彼女は、老人が引いた椅子にゆったりと腰を下ろした。  それを見届けた司さんは、冷水の入ったグラスを盆に乗せ、メニュー表を手にカウンターを出ていく。すると、司さんの動きに気づきこちらを向いた老人と目が合った。 「こんにちは、今日は君も来ていたんだね」  と先に口を開いたのは老人だった。 「こんにちは……」  僕が気恥ずかしさに慌てて頭を下げると、司さんはグラスを置きながらわざとらしくため息をつく。 「亮はここんとこ毎日来てるんですよ」  それを聞いた老人からは笑い声があがる。 「最近どうりでよく遇うと思ったよ」 「困ったことに、態のいい避暑地にされてますよ」 「といっても、君は彼を気に入っているんだろう。君は気に入らない客は平気で追い出すからね」  老人の言葉に僕は思わず身体を震わせた。  司さんはよき相談相手で、一人っ子の僕にとって兄的存在だが、司さんにとってそれが迷惑になっていないという確証はない。もしかしていい加減うんざりして追い出されるのかもしれない。  急に襲った不安に僕が司さんを見やると、彼は肩を竦めて見せた。 「人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいよ」 「しかし、昨日の夕方に伺った時には、ここにいる彼ぐらいの年頃の男の子を怒鳴りつけて追い出していたじゃないか」  夕方というと僕が帰った後だ。昨日は母に遣いを頼まれたため、僕はお昼過ぎで浮雲を後にしていた。僕が帰った後、一体何があったというのだろうか。そういえば、あの絵を置いていったという静さんが来たのもその頃ではないだろうか。もしかしたらその静さんに関係していることもあり得る。  そう例えば、あの絵に悪戯した――とか。  僕はいろいろと憶測をしてみたが、司さんの返答は呆気ないものだった。 「ああ、あいつのことをおっしゃっているのならお角違いですよ。あいつは客ではないんです」 「客ではない?」 「ええ、遠縁の子供が遊びに来たんですが、仕事の邪魔をするので閉店まで外で遊んでくるように追い出してやったんです」 「そういうことか。私はてっきり、君はあまり若い者を店に入れたがらないものだと思っていたから、それを聞いて安心したよ。折角孫と来たのに、追い出されては敵わんからな」 「おじいちゃん、そんな言い方はいけないわ」  目元の皺を深くして笑い声をあげた老人を少女が窘める。そこでようやく僕らの意識は少女に向いた。
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