見つけたのは青【三】

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見つけたのは青【三】

 彼女はその気配を敏感に感じ取り、 「はじめまして、有希と言います。おじいちゃんがいつもお世話になってます」  と頭を下げる。その動作があまりにも自然なものだったから、僕は次に司さんが口にした言葉には驚きを隠せなかった。 「いいえ、こちらこそおじい様には御贔屓にしていただいています。ですがこんな可愛らしいお孫さんがいらっしゃるとわかっていれば、点字のメニュー表を用意しておいたのに、大野さんも水臭い」 「私の自慢の孫だからね、可愛いのは当たり前。メニューについては二度目にぜひお願いするよ」 「待ってください。今、点字って……」  思わず席から立ち上がった僕に三人の顔が一斉に向く。司さんは呆れたように溜め息をつき、老人も困ったような表情をしている。そして当の少女は焦点の定まっていない目を僕のいる方向に向けて苦笑を浮かべた。 「私、目が見えないのよ」 「……そんなふうには見えなくて。えーと……」  司さんの視線を痛いほど感じて、僕は気まずくなる。普段の生活の中で目が見えないとどうなるか考えて、僕はげんなりした。ゲームをすることもできないし、テレビをみることもできない。僕一人ではこうして浮雲にやってくることもままならないだろう。そして何より、桃をはじめとした大切な人達の顔を見えることができない。それが僕にとっては何より堪えることだ。 「すみません、無神経なこと言って」  彼女の気持ちを考えて、僕は謝罪を口にした。それでも、そんなふうに見えなかったのだから仕方がない。彼女のつく杖は気になってはいたが、目が見えないにしては彼女の動作はあまりにも自然すぎた。 「いいえ、気にしないで。それにそんなふうに見えないというのは、私の頑張りに対する褒め言葉だもの」 「頑張り?」 「そう。目が見えない分、人より他の感覚が敏感になったのよ。それを得るまでたくさん失敗を繰り返してきたけれど、今ではそれが私の目の代わり」 「それって、何気なにげにすごいことじゃないですか!」  思わず興奮で口調が荒くなる。普段僕が見ている世界が彼女にはどんなふうに見えているのだろう。 「有希さんには、この店の中の様子はどんなふうに伝わっているんですか?」 「うーん、そうね。店長さんからはすごく強い光を感じるわね。それにもう一つ、壁際から青い光を感じるのだけれど……」  彼女の言葉に壁際に目を向けると、確かにそこにあるのは先程司さんとの話題に上がった青いキャンバスだ。僕は司さんに断りを入れて、その絵を彼女のもとまで運んだ。 「司さん、絵を有希さんの傍に運んでも構いませんか?」 「ああ」  僕が絵を彼女の前に置くと、彼女はその絵にそっと手を伸ばした。僕は止めるべきか司さんを窺ったが、司さんは首を横に振り、それを容認した。 「やさしい青……」  彼女は何重にも塗り重ねられた絵の具の凹凸に指を沿わせながら、呟きをもらす。何が描いてあるのかわからないそれのどこを指して、「やさしい」と表現したのか僕にはわからなかった。だが彼女は確かにそこにやさしさを感じたようだった。  そしてその感性はあながち間違ってはなかったらしい。 「あんた、なかなか見る目があるよ」  いつの間にか割って入ったその年若い男の声は、僕には聞き覚えがないものだった。しかし代わりに司さんが、溜め息交じりに彼の名を呼ぶ。 「静っ!」  どうやら噂の静は女ではなく男であったようだ。
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