死神令嬢は毒舌執事を不幸にしたい

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死神令嬢は毒舌執事を不幸にしたい

「はぁ……」  私ことカリーナ・アウレリア伯爵令嬢(15)はものすごく悩んでいた。  艶やかな金色の髪は長くてサラサラ。深い緑色をした瞳はまるで大粒の翡翠。 肌も白く美しい、生きた芸術品のような令嬢……それが私である。 “あまりに美しすぎる高嶺の華”  婚約を申し込む男は山ほどいるが、男たちが互いを蹴落とすために不毛な争いをしては不幸な目に合うため、いまだにフィアンセの地位に登り詰めた猛者はいない。 “美しすぎる華に触れようとすると不幸が訪れる”  とある男はカリーナの部屋に忍び込もうとして窓から落下。たまたまなぜか下にいた大蛇にお尻を噛まれてまだその歯形が残っているらしい。  またとある男はカリーナの外出時に待ち伏せをして、たまたま、本当に偶然に頭の上にカラスの巣が落ちてきて巣を荒らされたと怒った親カラスがその男の頭部を猛攻撃し、髪の毛が永久的消滅(ララバイ)したとかなんとか……。  そんな案件が立て続けに起こり、カリーナは影でコソコソとこんなあだ名をつけられてしまうことになった。 「関わると不幸を呼ぶ“死神令嬢”。 ……お嬢様にぴったりですね」  ため息をつく私の前に薔薇の香りのする紅茶が置かれた。 「アラン、あんたねぇ……それが敬意を払うべき主人に対する態度と言葉なの?!」  バン!とテーブルを叩いて抗議する。  銀髪にブルーグレーの瞳した男……アランは椅子に腰掛け足を組み、私の前に置かれているのと同じ薔薇の香りのする紅茶をひとくち飲むと「ふっ」と鼻で笑った。 「敬意を払うべき? 俺が? お嬢様に? 寝言は死んでから言ってください」 「あんた私の執事でしょうが――――っ!?」  そう、この男アラン・クロフォード(21)はアウレリア伯爵家の……いや、私の専属執事なのだ! 「あんたはいつもいつも……いつか後悔させてやるんだから!」  執事のくせに上から目線だし、お嬢様である私より先にくつろいでお茶飲んでるし、態度も最悪だ。ちょっと背が高くて顔が良くて仕事が出来るからって調子に乗ってるに違いないわ! 「出来もしないことをほざくなんて、お嬢様は奥様のお腹の中から人生やり直されてはいかがですか?」  にっこり執事スマイルで毒を吐くアラン。ちなみにこのやり取りが通常である。 「まったくアランの奴め……」  アランを部屋から追い出す事に成功したが紅茶セットまで持っていかれてしまった。  ちっくしょう!まだひとくちも飲んでなかったのに!しかもあの紅茶ってわざわざお取り寄せした限定品だったはずだ……。  今までのアランから受けた毒舌と屈辱がふつふつと怒りに変わる。 「やっぱり、最後のターゲットはアランに決定よ……!」  私はいわゆる()()()をしながら「フッフッフッ」と笑うと、本棚に隠してある1冊の本を取り出した。≪不幸リスト≫と書かれたその本をしっかりと抱き締める。  これは誰にも知られてはいけない私の秘密。  アウレリア伯爵家の美しすぎる令嬢、カリーナ・アウレリアとは仮の姿。  実は私は、100人の人間を不幸にするために地上にやって来た死神の見習いなのだ……!  そう、見習い。残念ながらまだ一人前の死神ではない。  死神社会もなかなか厳しくて、そんな簡単になれるものではないのだ。  まずは筆記試験をクリアして仮免許を取得。この仮免許証には何万時間も費やし廃人になりかけた苦い思い出が詰まっている。はっきりいって勉強は苦手だ。  だが、どんどん先に行く同期たちの後ろを姿を見ながら涙を堪えて机にかじりつき必死に頑張ったからこその仮免許証。私の汗と涙と悔しさの結晶である。  忘れもしない、あの同期のツインテール女の言葉……「カリーナって、オツムがオムツしてるって感じよね」って、意味わからんのじゃ――――っ!〈異性の籠絡の仕方〉の所でマイナス点もらったくらいでなんであんなに馬鹿にされなきゃいけないのか……。  思い出し怒りで思わず本を握りつぶしそうになるが、ギリギリで我に返った。  危ない危ない……私の大切な本が。  落ち着くのよ、カリーナ。もうあなたはあの頃の落ちこぼれと言われ続けた頃のカリーナではないわ。例え、10回目で奇跡のお情け合格だと言われようとも、試験管の死神先生が骸骨のくせに憐れんだ目で私を見てたとしても、合格は合格!ギリギリでも合格したことには間違いないのよ!  そしてつい先日、見習いが一人前と認められるための試験〈100人の人間を不幸にする〉と言う課題を99人までクリアしたのだ!  そう、私に関わってあらゆる不幸に陥った男どもは実はこの見習い死神であるカリーナ様の手によって必然的に不幸になっていたのである!  あと1人不幸にすることが出来れば私は晴れて一人前の死神になれる。見習いは人間を殺す事は出来ないが、一人前になれば死神の鎌が支給され人間の命を刈り取ること(もちろん死亡リストに載ってる人間に限る)が出来きるし、姿を消せる死神マントに骸骨モチーフの死神仮面等々……すべての見習いが憧れてやまない死神グッズが我が手に!  死神グッズで全身フル装備した自分の姿を想像するだけで興奮して身震いしてしまった。  そんな大切な100人目……しかしここで問題が起きた。  関わると不幸を呼ぶ“死神令嬢”の噂。この噂を信じて不幸になるのを恐れた男たちが私に近寄らなくなってしまったのだ。  つまり、記念すべき100人目のターゲットがいないという重大問題を抱えていた。  見習い死神にもルールがある。  まず人間ではないことがバレてはいけない。  ターゲットは自分に関わりを持った相手でないといけない。  ターゲットとは不幸する対象であるため、幸せには絶対にしてはいけない。  ちなみに他の見習いとターゲットが被った場合は先に不幸にした方の手柄となる。  そして、必ずターゲットは異性であること。  だから私は伯爵家の娘として人間社会に潜り込んだのである。一般庶民より男が近寄ってくるだろうと思ったからだ。  ひとつ言っておくと、伯爵家の両親は普通の人間である。見習い死神たちが人間に擬態しやすいように死神幹部が本人の希望に合った家庭を探して入り込ませてくれるのだ。死神も幹部クラスになると催眠術的なものが使えるので便利である。  私の憧れる死神幹部のひとり(なんと初の女性幹部!)は、指輪に紐をとおしてユラユラさせたものを人間に見せるだけですぐに催眠術をかけてしまう。  あぁ、カッコいい!私もあんな風になりたい!  だからこそ、早く次のターゲットを見つけなければ……と悩んでいたのだが、私はとうとう決めた。  あのアランをターゲットにしてやると!  今までは偽とはいえ両親も気に入っている仕事の出来る執事だし、一応私の専属だし、と情けをかけてやっていたがもう知るもんか。  度重なる私への毒舌、人前では完璧なくせに私の前でだけ横柄になるあの態度、なにより楽しみにしてたお取り寄せ紅茶の恨み!  私は手にしていた本のページをパラパラとめくる。ここには今まで私が不幸にした男たちの事が詳しく書かれていてその末路も不幸三昧である証拠品だ。 「アラン……最後のページを飾るのは、とんでもなく不幸になって私の紅茶を奪ったことを後悔するお前の末路よ……!」  本当の“死神令嬢”の実力を身をもって知るがいいわ! 「おーほほほほほっげほっ、ごほっ!」  慣れない高笑いにむせながらも、“死神令嬢”らしい笑いをするカリーナ。  そんなカリーナの部屋の前でこれから不幸が見舞う予定の執事が「ふぅん……」と呟いたのをカリーナは知らない。 ***  それからのカリーナはアランを不幸にするためにあらゆる手段をもちいて頑張った。  あるときは罠を仕掛け、あるときは毒を盛り、最終手段として色仕掛けまで……。  アランが必ず通る廊下には罠を踏んだ足をギザ歯がぱっくんちょしてくれる罠(タヌキ用)をこっそり置いたら、罠を隠していた本の山を足で蹴散らされて罠が露出。それを見たアランに鼻で笑われる。  この廊下の壁は本棚になっていてよくアランが本を取り出して読んでいたから、木の葉を隠すなら森の中作戦だったのに、簡単にバレてしまった。  アランがいつも休憩時間(私を嘲笑う時間)には必ず紅茶を飲むので「私が特別なお茶を用意してあげたわ」と1滴飲めば3日はお腹を下して転げ回ると言う毒薬を仕込んだお茶をさりげなく出してやったら、なぜかにっこり笑って 「そんな、執事ごときがお嬢様がご用意してくださったお茶を口にするなんて……「がぼぉっ?!」お嬢様がお飲みください」  こいつ仮にもご令嬢の口に紅茶のカップを突っ込みやがった!冷めてて良かった……ヤケドするじゃない! って、違う、そうじゃない!の、飲んじゃった~っ!  それから丸1日。わたしはトイレとお友達になっていた。  死神見習いは人間に比べて毒が効きにくい体質で本当に良かった……いや、良くないわよ!あの執事め……こうなったら最終手段だわ! 「ねぇ、アラン……実は私、前からあなたのことを……」  いつもの毒舌を吐くアランに抱きつき、うるうるしながら上目遣いでアランを見上げる。  その名も〈自分がお仕えする御令嬢に色仕掛けされたら動揺するよね!〉作戦だ!  こんなに美しすぎると言われる令嬢が自分に好意を寄せているのだと告白してきて抱きついたのだ。通常の男ならすぐさま堕ちるだろう。 「お嬢様……」  もしかしたら突き放されるかも?とか思っていたが、アランはそっと私の頬に手を触れさせた。  あれ?アランの顔が近い。アランってこんなにまつげ長かったのね。  あんまり意識したことなかったけど、けっこうイケメ…… 「下痢(ピー)お嬢様は、下○ピーし過ぎて、脳内まで下してしまったんですか?」 「レディになんてこと言うのよ?! ぶっ殺してやる! この最低執事~っ!!」 「レディ? どこにレディが?」  わざとらしくキョロキョロするアランの胸元をポカスカ殴るがまったくのノーダメージ。いくら人間に擬態してるとはいえなんたる非力!  私はアランに完敗してしまったのだった……。  それからも何度もアランを不幸にするべく作戦を練るが、全て完敗。  だいたい死神見習いのターゲットになると自然と偶然を装った不幸に見舞われやすくなるはずなのに、なぜかアランはそれを軽々と避けてしまうのだ。  仕事も順調。伯爵家はアランのおかげで順風満帆。私の専属執事のはずなのに、なぜ伯爵家の仕事を手伝ってるのか意味不明だ。  疲れた。人間を不幸にするのに労力を使うことがこんなにも疲れるなんて……。  疲れきった私はいつものように私の前で足を組みくつろいでお茶を飲むアランに思わず聞いてしまった。 「アランにとって、最も不幸なことってなに?」  聞いてからハッ!として口を手で塞ぐ。  死神見習いとしてターゲットに不幸のヒントを聞くなんて、そんなのプライドが……死神見習いのぷらいどが。 「俺にとって不幸なこと……知りたいですか?「知りたい!」なるほど……」  いかん、つい。しかしなにがなるほどなのか。 「そうですね、それはお嬢様と結婚することですね」 「へ?」  にっこりと。それはもう素晴らしい執事スマイルでそう告げられた。 「私と結婚? それがアランにとっての最も不幸なことなの?」 「ええ。お嬢様と結婚するなんて、考えただけで身の毛がよだって不幸過ぎて夜も眠れなくなりそうです。 もしそんなことになったら、俺は毎晩自分の不幸を嘆いて食事もとれなくなり、それはそれは……あぁ、これ以上想像したら倒れそうなので勘弁してください」  とてもそんな倒れそうな顔色には見えないが、アランは確かに私との結婚を想像して不幸を感じているようである。  なんてこった……。私は愕然とした。  そんな簡単なことでアランを……100人目を不幸のずんどこ、いや、不幸のどん底に落とすことが出来るなんて!  普通の令嬢にとって結婚なんてなればそれこそ大騒ぎになりそうだが、なんていっても私は死神見習い。アランと結婚しても、アランが不幸になれば私は一人前の死神として人間世界とはオサラバできるのだ。  不幸を嘆くアランをたっぷり堪能して、この本のページを埋めつくし、私は死の神となる……。  なんて、素敵!!  それからの私の行動は早かった。  さっそく両親の所へ行き「アランと結婚したいの」と告げると、なぜか大賛成される。  いや、もうちょっと悩むとか反対するとか……まぁ、反対されたら私の〈アランを不幸にしよう大作戦〉が台無しなのでいいのだが。  アランにこっそりと「たとえばどんな結婚式だったらより不幸を感じるの?」と聞くとまたもやにっこり笑顔で「それはもう、盛大にやればやるほど不幸ですね」と言うので両親にお願いしてめっちゃ盛大にしてもらうことにした。  しかしアランはなぜか伯爵夫妻に私との結婚の話をされても承諾していた。やっぱり雇い主から言われたから断れなかったのだろう。ふふふ、アランの不幸はすでに始まっているようだ。  そして数ヶ月後……。  今日は私とアランの結婚式だ。  さぁ、アランよ。自分の不幸を嘆くがいいわ!とアランに視線を向けるが、アランは優しく微笑んで私を見つめている。 「ア、アラン? 今日がなんの日なのかわかってるの?」 「もちろん、わかってますよ?」 「じゃあ、なんでそんな幸せそうに笑ってるのよ?!今日は私とあなたの結婚式……アランが最も不幸を感じる日なのよ~?!」 「お嬢様……いえ、カリーナ」  ウェディングドレス姿で叫ぶ私をアランは強く抱き締めた。 「俺は今、人生で1番幸せですよ」  アランの言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。  幸せ?人生で1番?  アランの腕の中で私の目からポロポロと涙が零れた。  だって、死神見習いがターゲットを幸せにしてしまったのだ。これはあきらかにルール違反。  ルールに違反した死神見習いの末路は…… 『死神見習いカリーナ。 お前の仮免許は剥奪。そしてターゲットを幸せにしてしまったお前に死神になる資格は無くなった……よって罰としてお前を人間にする刑に処す!』  空気を震わせるように響く死神幹部の声。  そう、ターゲットを幸せにしてしまった死神見習いは、罰として死神社会から追放され人間にされてしまう。  肌見離さず持っていた仮免許証は塵となって消え去り、私はただの人間……本当にカリーナ・アウレリアになってしまったのだ。 「な、なんてことなの……」  美しすぎる死神になり、死神社会の頂点にたってやる!という私の夢と野望が砕け散ってしまった。  自分の腕に抱き締められながら泣き続ける花嫁の姿にアランは目を細める。  カリーナは知らない。  この腹黒執事が実は以前からカリーナの正体が人間ではないかもしれないと気づいていたことに。  カリーナに近づく男たちが次々と不幸になる様は見ていて愉快だったので特になにもしなかったが、その対象が自分になったことにあの日気付きカリーナを手に入れるための作戦を考えたのである。  カリーナは知らない。  実はアランがいつも読んでいた本には黒魔術や悪魔、死神などの古い伝承に関する本が隠されていて、カリーナの言動から〈死神〉というキーワードを調べあげていたことに。  つまり、ターゲットを不幸にさせるつもりが逆に幸せにしてしまったらカリーナが死神から人間になってしまうことまで調べあげていたのだ。  なぜそんな伝承の書物が伯爵家にあったのか……どこかで死神幹部が「あ、図書館で借りた本どっかに落とした?!」とか騒いでいたとかなんとか……その落とした本を偶然にもアランが拾い、なぜか解読し、カリーナの正体に気付き、ひとりの死神見習いを人間にしてしまうという不幸に陥れた。  もはやアランの方が死神のようである。 「アラン……こうなったら絶対あんたを不幸にしてやるわ! 私の人生全てつぎ込んでやるんだから~っ!」  涙目で訴えるカリーナの目元にちゅっ。と唇を落とし、アランはにっこりと笑った。 「なっ……!」  アランの行動に顔を真っ赤にするカリーナの姿にアランは再び幸せを噛み締める。 「出来もしないことをほざくのは、俺の愛を受け止めてからにしてください」 「アランなんか、タンスの角に小指でもぶつければいいのよ~っ!」  ちなみに、カリーナの考える〈不幸〉とはその程度である。  それから毒舌執事に溺愛されながらもからかわれ続けたカリーナは、毎日のようにアランを不幸にするべく奮闘していた。  その行為全てに、アランが幸せを感じていることなどつゆも知らずに……。  関わると不幸を呼ぶ“死神令嬢”と言われた元死神見習いの美しすぎる令嬢は、夫を幸せにしか出来ないのであった。 その後そんな夫にだんだんと愛を感じ始めたカリーナだが、そんなことを今さら恥ずかしすぎて口に出せるはずもなく色々な葛藤に悶える日々を過ごした。そしてそんなカリーナの姿にアランがさらに愛を感じるのだが…それはまた別の話。 終
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