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残り少ない登校道はとても静かだった。 下駄箱に記されているのは出席番号。 クラスメイトと挨拶を交わすのは神寺くん。 そう言えば、缶蹴りをしたときに手加減を知らないまま缶を蹴り潰して神寺くんに泣かれたことがある。記憶に残っているのは日の暮れたオレンジ色の中で眩しく光る街路灯。 「もう入学して二ヶ月だけど、神寺くんが笑ってるところ見たことないね。」 「失礼か。あるある。普通に笑うよ神寺くん。この前話したし、なんなら連絡手段手に入れました。欲しいかい。」 「欲しい!いいの!」 「声大きいよ。クラスのグループ作ってあげるから、そこから自力で手に入れなよ。」 「うん!ありがとう!」 隣の席の女子の肉声ボリューミー。 内緒話は幼少期の神寺くんとよくしていた。好きな子の話。秘密基地。将来の話。一番盛り上がったのはドラ○もんの話。 どこにでも繋がる扉がほしいなと小さくてかわいい僕は思ったりもしてた。幼少期は僕もかわいかったよ。たぶん。今もかわいいって言われるけど。 「小枝。」 「はい。」 「なんで小夜くんと話さないのですか。あなたたち幼馴染なんでしょ。」 「なにそれどこ情報。」 「小夜くんご自身が言っていましたが?」 「進藤くんさ、小枝って言うの止めない?」 「そうやって話逸らすじゃーん。」 「呼ぶなら佐藤にして。」 「佐藤くん。」 「そう。リピートアフタミー。サトウクン。」 「サトウクン。」 「イエスシンドウくん。」 「コエダクン。」 「ノー。サトウクン。」 「サトウクン。」 「お腹空いたからどっか消えて?」 「いや、ですね。」 「いや、ですか。わかりました。食べまーす。」 「俺は食えないよ。食べんな!指を食べようとするな!カニバリズム行進か!」 「それはアルゴリズム。」 「いえーい。」 「クラス帰れ。」 「ん。また昼。」 授業が開始される合図と同時に三十分ラジオを流す。たまに猥談が流れる時がある。 ただひたすら、ラジオのスピーカーから聞こえる音をノートにメモをする。社会科の先生は少し変わっている。 「先生は授業嫌いなんですか。」 「うん。たまに刺激がほしい。」 と、一週間前に聞いた。 僕が職員室を退出したあとに、先生またラジオ流してるんですか。と、大人に怒られていた。 小刻みに震える心臓を包み込むのは誰でもない自分。 星のない世界にただ光るのは一番星でもない街路灯。 そう言っている先生は、僕は面白くて好き。 窓の向こうに見える道路で二列並ぶ小豆色が信号待ちで順位を競っている。若者め。 先日、そのまま置いてきた空き缶を思い出す。分かってたからなにも言わないで。と、言ったら安堵していた。本当は聞きたかった。問い詰めればよかった。なんて。力の抜けた上半身を机に全力で支えてもらう。 歪な形をした缶の口が上を向こうとしていた。 僕のどこが好きだった?僕と一緒にいて楽しかった?いつも呼ぶその声と名前は偽物なの?あの時、いつもみたいに抱き締めて耳許で好きだと囁いてくれた。新品みたいに皺が一つもないシーツに皺を作ることが幸せだった。 電話越しの声に一歩も動けない足を動かそうとしていた時に聞こえてきた。 「佐藤!机を蹴るな!俺が驚いただろ!一番前の癖にな!机でごろごろしやがって!そんなつまらないか俺の授業。はいかいいえで答えてみろ。」 「後者ですね。」 「お前あとで職員室な。俺脅したから。」 「すみませんでした。職員室行きたくないです。」 自身の膝を擦り、温かさを求める。冷たいはずの膝をただ、温め続けた。 視界がどんなに歪んでもかわらない。自分自身と乾杯を交わしてもなにもかわらないと知った。 口を開けて、アルコールを含んだ。止まらない震えもなにも変わらない。ただ口を結んで、ただ次の日を待つ。 小さな息遣いと窓の向こうの暖かい光が恋しいと思った。 帰りたい。 そう望む。それしか僕には残っていない。身震いはずっと続いた。あの人と生きていたいと望んでいた。見えない未来は両手に託されていて、二つの目に託されている。決して定まらない視界に、ぼやけて尋ねた。 青い空を知っている。と、知らない世界を知っていると言いたい。 まだ微かに残る匂いとこの夜を過ごしたい。 なんて、貴重な十分休み潰れたし、これだから数学は嫌いだ。
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