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太陽が西に傾いている頃だと思われる時間。 太陽が覗いたのもあれきり。また、降りだした。 同い年とは思えない芸能人が画面の中で笑っている。僕が男に浮かれている間に、知らない人が世間を騒がせている。 もう高校生。自分のお小遣いは自分で稼ぐ。そのほうが使い勝手がいい。 授業中なのに画面をスクロールする指が止まらない。 初心に返ってアルバイトの応募方法とか調べちゃう。まだ、履歴書すら書いたことないけど。 男を引きずっている間にお金が稼げる。新しい時間の使い方を知りたい。と、思ったものの。そんなにすぐ決まるわけもない。 漢字だらけの黒板。削られるたびに舞うチョークの粉。身長と微妙に合わない机と椅子。机の中で積み上がる教科書。 筆箱の中にある二つ折りのメモ用紙。 “ しんどう かけるダヨ。 ” 左手で書いたのか。字が汚ぇ。 進藤くんは、知り合いのところでアルバイトをさせてもらってる。って、言っていた。僕も進藤くんのところで働こうかな。 機械をいじることは嫌いじゃない。お邪魔するたびに鼓膜が破れるのではないかと思うほどのスピーカーの音量には心臓が口から出そうになる。怯える僕の姿を見てたオーナーが鼻で笑うまでがセット。 現代文の先生もなったことあるかな。 いつもの何倍も脈を感じて、少しだけ息が上がる感覚。 陸上部だったときは、毎日、その感覚を味わっていた。 呼吸がままならなくて、息を吸おうとすると、肺が痛くて、息を吐きだすと、喉が渇いていると自覚する。 気温が高いと更にいい。 目の前が白くなって、地面が見えなくなる。その苦しさがたまらなく好き。 血の味が舌に広がる。輪郭を伝う汗は邪魔にならない。 僕だけの時間。 苦しさの先にある景色を知っている。 スローモーションになって、景色が一瞬止まって見えると、ゴールがはっきりと見えて、その時だけ迷いがなくなる。 その痛くて苦しくてたまらない時間を削ってお金を稼ぎたいかと言われたら、嘘になる。 だからと言って、もう一度所属したいかと言われたら、それも嘘になる。 悩んでいる僕がいる。 神寺くんから借りてまで探しているのに、収穫がない。 こういうとき、声が聞きたいと思ってしまう。隣にいてほしい。会いたい。 もう、家に帰りたい。 「いて」 丸められた教科書で頭を軽く叩かれた。 「あとで職員室に来なさい。」 邪念は払われないが職員室へ行くことが決定されてしまった。 「失礼します。」 「ああ。こっちだ。」 職員室の扉を開けると、運動神経が悪そうな手の上げ方をした先生がいたので、なんとなく早歩きで近くに行く。 「ところで、お前の名前は佐藤小枝だよな。」 「はい。」 「お前の名前は。」 「佐藤小枝です。はい。」 「はあ。間違えたかと思っただろ。人の名前は覚えるの苦手なんだよ。呼んだら返事をしろ。それと、見てて危なっかしい。お前はどこのクラスにもいる不良と当てはまらない。」 本当に現代文の先生か。この人。 「お前は雰囲気が大人びてる。異様にな。過去になにをしていたかは知らないが、学生の本分を忘れるな。集中できないほどのなにかに悩まされるのは悪いことじゃないが、他人のスマホを授業中に使うな。自分のはどうしたんだ。」 思っているより、他人の私物を把握している大人がいる。 そういう大人は信用できる。 「充電切れたので借りてました。」 自分と同じ性別の人間を好きになった。と、伝えると、選び放題だね。と、言われる。聞かれて答えただけで選び放題ってなに。 僕は女の子も好きとは伝えていないし、僕だってまだ、わからないのに。好きになったのが同性だっただけかもしれない。 誰かのせいにしないと前を向けないときがあるのは、誰のせいでもないときが多い。 「先生は。」 どんな物事も見聞することを大事にしている人な気がする。純粋な眼差しがとても痛い。 「いえ、失礼します。」 「ああ。佐藤、頼まれてくれないか。これ、資料室に運んでくれ。あとこれと、これも。辞書は図書室な。」 言わなくてもわかるよな。と、顔に書いてある。わかってしまう僕と、黙って言われた通りに動く僕はお利口さんだと思う。褒めてほしい。 先生もきっと、ゲイかもしれない。と、伝えても、興味がないと言ってくれるかもしれない。 そうだったら相談相手になってほしい。 先生こそ恋愛してなさそうだけど。 誰かの気持ちに無頓着な人ほど大事にされることに慣れていない。興味や関心が一つだけでなくなったときに困惑する。 不器用だから、初めての感情に追いつけなくて距離を置かれる。行動や言葉が相手の為なのだと気付いたときに、愛情を知る。僕が好きになった人は、そんな人だった。 それも、表面だけしか見ていなかった。 今、連絡の確認ができないのが辛い。確認できるのは、黒い画面に映る自分の顔だけ。あと5%残っていれば、少しくらいは安心したかもしれない。 顔が見たい。話したい。なんでもいいから近くにいたい。 授業に遅れた理由どうしよう。木目調の丸椅子から動く気になれない。 一歩も動けない足を動かそうとして聞こえてきた。愛してるの言葉が僕の耳に残っている。
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