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いつからこの日常を繰り返すようになったかは覚えていない。
けれど、確かに「11月22日」の前の日に、幸恵は大介のために酒を買っていた。当時テレビで紹介されていて、大介が「飲んでみたい」と言っていたもの。通販で取り寄せることが出来たから、こっそり買っておいたのだ。もう随分と、昔のことのように思えるが。
最初は大介の反応が楽しみだった。いつの間にかダイニングテーブルに置いてある箱を見て、なんて言ってくれるか。そして大介は、どの「11月22日」でも、必ず幸恵に「ありがとう」と言ってくれた。それがとても嬉しかった。
それなのに、もう今となっては、大介のその言葉を聞いても、何も感じなくなっていた。機械的に繰り返される出来事の中で、幸恵にとってその言葉は、あらかじめ用意された、日常の一部分となってしまっていた。
大介にとっては、つい昨日のこと。けれど幸恵にとっては、もう数ヶ月以上前のこと。幸恵は次第に大介との間に距離を感じ始め、それが精神的に苦痛となっていた。彼は変わらず自分に接してくれるのに、自分はいつの間にか彼を冷めた目で見るようになっていて。それが恐ろしくて堪らなかったのだ。
息子への慰めも、次第に厳しいものとなっていった。なんでフィギュアが折れたぐらいで泣くんだ、なんで全く泣き止まないんだ。そんな不満が、毎日この日を繰り返す度にどんどん膨らんでいって、ついそれをぶつけてしまう。そうして息子を幼稚園に送る頃には、それが罪悪感となって自分に返ってくる。また今日も叱ってしまった、なんで息子に優しくしてやれないんだ、そう自分を責めては、やり場のない気持ちを家事を行うことで紛らわすのだった。
「11月22日」を繰り返すようになった原因はまったく分からない。ネットで調べてみても出てくるはずがなく、解決策はまったく見つかりそうになかった。
このままでは壊れてしまいそうだった。けれど、同じ日を何回もループしている、だなんて言っても、誰も信じてくれるはずがない。一度大介に打ち明けてみた事もあったが、信じてはくれなかった。そのくせに、そのせいで辛さを感じていることだけ理解しようとしてくるところが、またタチの悪いように感じた。幸恵はそんな大介の優しい部分に惚れて、結婚したはずなのに。
ただ、あの酒を飲んで笑顔になる大介が見たかった。それだけだったのに。あの酒の蓋が開かれることはなく、共に飲み交わす日ももう二度と来ない。次第にあの酒そのものが忌々しく思えて、つい叩き割ってしまった日もあった。それで更に罪悪感や絶望に打ちのめされたこともあった。
もう、疲れてしまった。この日を永遠に繰り返すだけなら、もう何をしたって変わらない。なら、何もしたくない。余計に疲れてしまうくらいなら、もう全て投げ捨てて閉じこもってしまいたい。
幸恵は何回感じたか分からない、そんな諦観にひたすら包まれていた。そうして今日も大介の帰りを迎えないまま、夕食を終え入浴を済ますと、息子を寝かしつけたまま眠ってしまったのだった。
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