11月22日

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 そうして恐らく夕方になっただろう時分。何故か大介が仕事から帰ってきた。普通なら残業で、ずっと遅くまで帰って来ないはずなのに。 「あなた、今日は遅くなるんじゃなかったの!?」  大介と顔を合わせ開口一番に、幸恵はそう口にする。大介はスーツのジャケットを脱ぎながら、「全部断ってきたよ。お前が具合悪そうだったから」と答えた。息子のことも迎えに行ってくれたのだろう。息子のはしゃぐ声が、リビングの方から聞こえてくる。 「それよりも、仕事から帰ってくる途中、ついでに粥を買ってきたからさ。それぐらいなら食えるだろ?」  幸恵はしばらく呆然としていた。まさか自分のことをそこまで気にかけてくれているなんて、思ってもいなかったから。 「……ごめんなさい」  つい、そんな謝罪の言葉が口からこぼれ出ていた。涙が頬を伝い、止められそうになかった。そんな幸恵を見て、大介はとても取り乱した様子を見せた。 「なっなんで泣くんだよ。お前が悪いわけじゃないだろ。素直にありがとうって言えばいいんだよ、こういう時は。本当に、お前はすぐ謝るんだから」 「だっ……だって……」  そう泣きじゃくる幸恵の傍に座り、大介は相も変わらず慰めてくれる。 「むしろ謝りたいのはこっちの方なんだぜ? 晴翔が生まれて、働き続けたかったはずなのに、俺らのために仕事を辞めて、ずっと家のことやってくれてよ。いつの間にこんなに無理させてたなんて、気づけないままだった。そんな自分が情けねえよ」  情けない。それは大介のことじゃない、自分のことだ。  幸恵は、ずっと同じ「11月22日」を繰り返しているうちに、いつの間にか大介のことを勘違いしていた。大介は家庭のことなど気にかけない、仕事人間だと、いつしか感じるようになっていた。  けれど、大介は何も変わっていなかった。いつまでも優しい、出会った頃の大介のままだったのだ。そんなことすら忘れていたなんて、なんて自分は馬鹿で無責任なやつなのだろう。自分を責める言葉が頭の中で溢れて、止まりそうになかった。  そんな自分を見かねたのか、大介は途端に「そうだ!」と立ち上がり、部屋を出ていった。そうして戻ってきたと思ったら、その手には幸恵が買っておいたあの酒の瓶と、2人分のグラスがあった。 「これ、幸恵が買ってくれたやつ。開けれてなかったからさ、一緒に飲もうぜ」  大介は幸恵の横に座り込み瓶の蓋を開けると、2つのグラスにそれぞれ酒を注いでいく。そうして片方のグラスを手に持ち、一気にそれを口に流し込むと、気持ちよさそうに顔をほころばせた。 「いやあ、これまじで美味いよ! テレビでやってただけあるなあ! 本当に美味い!」
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