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今日は、何回目の「11月22日」だろう。
何回繰り返したかも忘れてしまった。録画したビデオを何回も巻き戻しては、何回も再生するように、目の前の光景は幸恵にとっては何の変哲もない、当たり前のものになってしまっていた。
息子が泣いている。理由は簡単だ。前に買ってあげた戦隊ものフィギュアを、転んだ拍子に床にぶつけて折ってしまったのだ。真っ二つになり下半身だけとなってしまったフィギュアを片手に持ったまま、息子はいつまでも大口を開けて泣き続けている。
「晴翔、いつまでも泣くんじゃない。帰ってきたらちゃんと父ちゃんが綺麗さっぱり直してやるから。な?」
そうスーツのジャケットの袖を片腕だけ通したまま、慌てたように大介が息子に駆け寄り、慰めながら抱き上げる。息子はそれでも泣き止まず、言葉で表現出来ないほど辛いといったふうに手足をばたつかせている。
「あなた、晴翔は私に任せてくれていいから、早く支度して頂戴。今日は大事なプレゼンがあるんでしょ、寝癖がついたままよ」
幸恵は大介の代わりに息子を抱え直すと、そう声をかけた。大介はというと、「えっ本当か!?」とそのまま忙しなく洗面台へと向かっていく。
以前の「11月22日」に、大介は寝癖がついたままプレゼンをしてしまい恥ずかしかったと、帰り際の電話で話していた。また同じ話をされては堪らないから、幸恵は毎回決まってこう声をかけるようになった。「何故ちゃんと鏡を見ないんだ」という不平を感じるのも、最早億劫だった。
しばらくして短い髪をいじりながら大介はリビングに戻ってくると、スーツのもう片方に袖を通して、近くに置いてあった鞄を手に取った。
「今日は仕事が溜まってるから遅くなるかもしれない。晴翔の迎え頼めるか?」
「ええ、大丈夫よ」
そう素っ気なく二つ返事をする。幸恵にとっては分かりきっていたことだったから。
「そうか、悪いな」
幸恵は晴翔を抱いたまま、出かける大介を見送ろうと共に玄関へと向かう。大介は座り込んだまま靴を履くとそのまま立ち上がったが、途端にこちらを振り返る。
「そうだ幸恵、俺が飲みたいって言った酒、買っておいてくれてたろ。ありがとな」
そう笑顔で言い残すと、大介は「行ってきます」とそのままドアを開け出ていった。幸恵はそんな大介の背に向け、未だにぐずり続ける息子を抱いたまま、「行ってらっしゃい」と声をかけたのだった。
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