1人が本棚に入れています
本棚に追加
「あー今月もきっついなあー」
駆け出しの死神少女・冥(メイ)は、営業成績の帳尻をあわせるために四苦八苦していた。
死神の世界では、あの世へ送った人間の魂の数(=営業成績)のノルマがある。
月ごとに個人のノルマが設定され、達成できないと、おっかない死神部長にこっぴどく怒られるのだ。
「もうすぐ2月も半分が過ぎちゃうのに、ぜんぜん数字が伸びないよぅ……」
彼女はカレンダーを、うらめしそうにじっと見つめる。
その時だった。「2月14日・バレンタインデー」の文字がそこに見えたのは。
バレンタインデー……愛を告白する日、だっけ……? たしか、特に日本とかいう国では、女の子が好きな男の子にチョコをわたして……
これだ!
メイは思わず笑みをこぼした。その上がった口角の端から、大きめの八重歯がのぞく。
そして彼女は意気揚々と、死神オフィスを後にしたのだった。
ーーーーー
そこは東京郊外のある高校。
その日、男子高生たちは落ち着かない一日を過ごしていた。
その日はバレンタインデー前の最後の平日。もしかしたら今日、誰かからチョコレートがもらえるだろうか。本命とまでは言わないから、義理チョコでもいい……
そんな男子の一人は、下校しようとしていた時、見知らぬ女の子に突然呼び止められた。
それは赤っぽい髪、赤っぽい大きな瞳をした、美少女である。
口元からのぞく八重歯が、あどけなさを引き立てる。
うちの制服着てるけど、こんな女の子、知り合いにいたっけ……? 男子はいぶかる。
「あの、先輩のこと、ずっと遠くから見てました」
ああ、後輩か。それなら知らないのも無理はない。
「好きです。チョコ、受け取ってください」
え、こんなかわいい子が、俺のこと……? そうだったのか、普段まったく冴えない俺だけど、そんなに捨てたもんじゃなかったのか……
彼の頭の中は一瞬にして幸せに包まれる。
「あ、ありがとう」
「よかったら、チョコ、この場で食べてみてくれません?」
「ああ、じゃいただきます」
彼は渡されたチョコを一口かじる。
すると、その死神特製・魔法のチョコの威力によって、彼の頭の中の幸福感が一気に何倍にも膨れ上がった。
赤髪の美少女は、にやりと笑う。
そしてどこからともなくアンティーク調の手鎌を取り出し、男子の首元を掻っ切るしぐさをする。
すると白い発光体のような彼の魂が、掻っ切られたあたりからするりと体から抜け出し、そのまま天高く昇っていった。
彼の体はというと、逆に前のめりに地面に倒れたきり、ぴくりとも動かない。
「おおーうまくいった……一件ゲット……」
「やっぱり幸福感を与えてやると、魂って未練なく昇天するもんなんだな……死神マニュアルのとおりだぜ」
赤髪の美少女は、小さくガッツポーズした後、どこへともなく消え去った。
最初のコメントを投稿しよう!