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冬が嫌いだ。寒くて手はかじかみ、足先から冷えて凍ってしまいそうだ。
乾燥し、唇も手も荒れ放題。いいとこなんて1つもない季節に何故私は生まれたんだろう。冬生まれだから冬子。何の捻りもない名前をつけた両親を恨むくらい。
早く春になって欲しい。外に出たくない。冬が終わるまでぬくぬくと布団の中で眠っていたい。
そんな思いもむなしく、仕方なく仕事に向かうため布団から抜け出た。コタツでぬくんでいる暇もない。
いつもの仕事帰り、暗い夜道を最寄り駅から自宅まで歩いていたら、ふと額に冷たい感触がした。手袋を外して額を触ると手がしめった。すぐに頭上から冷たいものが落ちてきた。
雪だ。
子供の頃の自分なら喜んだだろうけど、今は憂鬱でしかない。明日の朝積もっていたら、仕事に行くのが大変だ。
今積もっても困るから、さっさと帰ろうと家路を急いだ。
角を曲がった先でぼふんと何かにぶつかった。痛っと反射的に思ったけど、痛くはない。
何にぶつかったのかわからず、電柱かと思って見上げると、人の形のように見えた。
私より頭1つ分も高い、黒い服を着ている男性だ。暗くて全く気付かずにぶつかってしまったらしい。
「す、すみません」
私は慌てて言った。しかし、何の反応もなかった。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
恐る恐る問いかける。
「どうもこんにちは」
男は今私に気付いたように、私を見下ろしながら言った。
「もうこんばんはですよ」
なんてつい訂正するようなことを言ってしまった。
「え、あ、こんばんは」
戸惑うように言った男の人が何故かかわいく見えた。
「こんな寒いところにずっといたらよくないですよ」
男はコートは着ていたが、すらっとして全体的に薄着に見えた。手袋もマフラーもしていない。
「そうですね。寒いのが好きなので大丈夫です」
暗がりで見えないけど、その人は笑った気がした。
「ほんとに? 私寒いの嫌いです」
会ったばかりの人に何言ってるんだろうと思った。
「それは残念です」
そう言った男はちょっと悲しそうに見えた。
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