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私はなんて言っていいかわからなくなって、逃げるように言った。
「あ、あの、もう帰らないと。失礼します」
と、男に背を向けて数歩歩いたところで腕を掴まれた。
「冬はお嫌いですか?」
さっきのように悲しそうに口にした。それに、掴まれた腕が、コート越しでもわかるくらい冷たい。
「あの、すごく冷たいみたいですけど、大丈夫ですか?」
こんなところに突っ立っていたら凍えて死んでしまうんじゃないかと心配になった。
「大丈夫ですよ」
なんてことないように微笑むが、信用できない。
念のため手袋を外してその人の肩に触れてみた。
「つめた」
手袋をしてない手にも触れたが、やはりすごく冷たい。本当に大丈夫なんだろうか。
「早く家に帰った方がいいですよ」
余計なお節介だとは思ったけど、つい言ってしまった。
「帰る家がないので」
え? 何? もしかして浮浪者? やばっ。変なのと関わってしまったと思った。
その人は浮浪者特有の臭い匂いもしないし、身なりも整っている。だからそんな風に見えなかったのに。
「あ、そうですか。でも、ここにずっといたら危ないですよ」
私は怖くなって失礼しますとそのまま走り去った。男は追いかけては来なかった。
数分かかって家にたどり着いたが、先ほどの人が気になって仕方なかった。
まさか、あの人私が通るまでずっとあそこにいたんだろうか。あのまま夜を越すなんてこと……。
気になったらそればかり考えてしまう。
明日死体で発見されたらどうしよう。警察とかに言った方がいいのかな。今年から一人暮らしをしたばかりで、住んでた田舎ではホームレスなど見たことはなかった。だから、これが日常的にあることなのかわからなかった。
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