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僕はあの時に魔女を見付けた。部活が終わっていつもの様に屋上で空を見ていたときだった。いつもの曇天空にちょっと寒くて飽きていた僕の元に彼女は現れた。
階段を急いだ様子で登って来た彼女はさっき部活の時に先生に紹介されたこの中学のOGさんだ。
そんな彼女がどうしてこんなに急いで屋上に現れたのかと、僕は昇降口の横に積まれている廃資材に座って彼女の事を見た。
彼女は一度辺りを伺う様にしたが物影に隠れている僕の事は見付けられなかったみたいで、安心した表情になる。すると次の瞬間だった。彼女は二、三歩ステップしたのかと思ったらスーッとそのまま宙に浮かんだ。そして灰色の雲に覆われている空へとずーっと登ってしまって僕みたいに余程気にしてないと見えないくらいになったかと思ったら、次は横方向へと移動し始めた。
それはかなり驚愕の事だった。こんな現象がこの世界に有るとは思ってなかった。なので僕は彼女の事が気になって、次の日の帰りに彼女の高校の校門で待ち伏せをする事にした。
そんな所で待っていると男子生徒からは睨まれて、女子生徒からは微笑まれた。
「なんだアレ? 殴り込みか?」
「可愛い! 誰の事待ってるのかな?」
そんな声が聞こえているが、そのどれもが彼女のものでは無かったので、僕が待ち続けるとやっと彼女が現れた。
流石に昨日ちょっと会っただけの人なので向こうは僕の事を憶えている様子は無くて、彼氏の様な人と一緒に僕の横を通り過ぎた。
「魔女子さん、こんにちは」
普通だったらこんな声の掛け方をしたなら、おかしな顔をされるか、自分の事では無いと思って無視をされるだろう。でも、ぼくは彼女の秘密を知っている。
「君は、誰だっけ?」
彼女は僕の事を憶えては無かった。しかし、ちゃんと反応した。これは彼女が魔法について気になる事が有ったからだろう。
「昨日、科学部でタコ先生に講義頼まれましたよね?」
それは先生の愛称で別に悪口を言っている訳じゃなくてこの方が伝わりやすいから僕はそう言っているだけだが、それで彼女は納得していた。g
「あー、つるピカ先生ね。悪い人じゃないんだけど、強引なんだよね。そっか、後輩くんか、それより魔女って?」
「昨日あれから屋上で魔女子さんが空を飛ぶのを見たんです!」
そう言うと彼女は僕の腕を掴んで引っ張った。校門の人気の多い所から皆が使う帰り道からは外れた方に進んだ。
彼女が慌てた表情をしているのでやはり昨日の事は間違いでは無かった様子。しかし、僕がそう言ってから彼氏みたいな人がクスクスと笑っているのがちょっと気になる。
「君はちょっと見間違いをしたんじゃないの?」
「そんな事は無いです。魔女子さんが空に浮かび上がるのを廃資材の影から見てたんです」
「あそこに居たの…?」
そんな風に彼女が言うと彼氏みたいな人が「プッ」っと笑っていた。
「自分でどうにかしろよ」
その人はそう言うと一度僕に近付いて頭をポンとしてから僕と彼女から離れてしまった。僕には何の事なのか解らなかったが、取り敢えずは彼女にお願いしようと思った。
「俺に魔法を教えてください!」
彼女がそれを聞いて非常に罰の悪そうな顔をしていた。
「気のせいだ! 君は夢でも見てたんじゃない?」
「そんな事は有りませんよ。貴方は魔女さんです」
「うーん、これはどうしたものかな…」
そんな風に彼女は悩んでしまったが、僕はどんなに言い訳をされても対抗する事にしていた。もう僕には怖いものなんてそんなに無いのだから。
しかし、昨日の先生の説明でも有った通り彼女はかなり賢いらしいからその点は要注意だった。悩んでから彼女が答えた言葉は逆に驚きだった。
「あー、うん。そう。魔法が使えるんだ。でも、私は修行中の身だから教えられない」
「やっぱり! そっかー、まだ魔法使えないんか」
僕は一つの過程を考えていた。きっと「魔法を教えて」なんていっても「はい解りました」なんて言われないだろうから反抗心を唱えさせてみようと。
「そんな事は無い。魔法は使える。向こうの世界では氷の姫なんて呼ばれる事も有るんだから!」
彼女は僕の作戦に乗った様子。
「じゃあ、教えてよ!」
「取り敢えず、今日は駄目! 明日もう一度話さない?」
交渉はこちらの無理ばかりを通しては駄目なんだ。僕には時間があまりないけど、そのくらいなら待てるからこの点は妥協をしよう。
「なんで今日は駄目なのか解らんけど、まあ良いや!」
「それと、この事は絶対に他言しない様に。約束を守れなかったら…」
彼女は難しい顔をして一瞬考えている様だったので僕は、
「殺す?」
若干ながら恐ろしい点も有るのだろうかとそう聞き返すと彼女は「うん。そう!」と嘘っぽく答えていた。
「解ってるって誰にも話さんから。魔女子さんとの約束だよ」
「ちょっと、その魔女子さんっての辞めてよ。お姉さんとか言えないの?」
「うーんと、じゃあ魔女子ねえちゃん! ヨロシク」
あんまり畏まっても面白くないから僕はそんなあだ名をつけて彼女の元から離れる。これで文句は言えないからと言う僕の作戦でも有った。
次の日の放課後になると僕は楽しみでちょっと心臓が痛いくらいだった。これから魔法を教えてもらえるのかと思うとそれはもう中二病でも無くてもワクワクもんだ。
非常に面倒そうな顔をして彼女が現れて、また彼氏さんみたいな人と一緒に僕の所に近付いたが、その人はまた僕の頭をポンと叩いてからそのまんま離れてしまった。
「魔女子ねえちゃん。よろしくお願いします」
僕がそんな風に言うと昨日の道の方にまた連れられて、
「人前であんまり魔法って言わないの」
と言っていたので僕はちょっと走ったくらいで息を切らしていたがそれを整えてから敬礼をした。
「はい。すいません!」
「じゃあ、取り敢えず人の居ない所で話でもしよう」
「だったらこの前の屋上なんてどうかな?」
僕はは畏まったり、馴れ馴れしく話したりしているがそれは楽しいから。そして彼女もそれに関しては文句を言ってない。
僕達はまた中学校に向かって歩くと、校門で掃除をしているタコ先生を見付けた。今日はずっとさえない顔をしている彼女が先生の事を睨むと、それに気付いた先生が振り返った。
「どうしたんだ。おかしな組み合わせで」
「ちょっと、子供に懐かれてしまって」
完全に不貞腐れた顔をして彼女が答えていた。
「それは懐かれたんじゃなくて惚れられたんじゃないのか?」
「カンベンして下さい」
僕は彼女に恋愛感情なんて無い。歳は三つしか離れてないのでそんな恋愛も有りなのかもしれないし、彼女はとても愛らしい。しかし、僕にはその資格が無いのだった。
でも、そんな僕の肩を先生は優しく叩いてくれて「良かったな」と言ってくれたので「ハイ!」と答えておいた。
「それじゃあ、君は魔法でどうしたいの?」
屋上に辿り着くと彼女が振り返って僕の事を睨む様にして聞いてきた。
「別にどうって事は無いけど楽しそう、だから? 因みに魔法で不老不死になれたりします?」
「そんな事無いよ。私は魔法を使える人間が死ぬところを見た」
それhホンの数ミリ程度ショックだった。
「そーなんだ、じゃあいっか。でも、魔法って結構自由なんでしょ?」
今は彼女も魔法の事をすんなり話してくれそうだから、僕は廃資材から椅子を二個取り出して座ってのんびりと話す事にした。
「そーだね。結構色々な事が出来る。ホントーなら君の私に関する記憶も消すつもりだったのに反対されたから」
誰から反対されたのだろうかとも思ったが、まだそれは後で聞けば良いかと、僕は茶目っ気を見せてファイティングポーズを取った。
「えっ、そうなんだ。気を付けないと」
「それは駄目って言われたから今の所消さないよ」
「なら良かった。魔女子ねえちゃんの事は忘れたくないし…それでどんな魔法が使えるの?」
「そうだねー。一応氷の姫って言われるくらいだから氷系の魔法は得意だね」
彼女も今は楽しそうに話している。
「それってもしかして秋の大雪にも関連してるの?」
「あー、っと。それの犯人はあたしです。すいません」
「そーなんだ! あの雪は綺麗だったな」
それは去年の秋口のまだ暖かい頃に降った大雪の事だった。世間では異常気象としか言われてないけれど、そんな時の雪景色は儚かったのを憶えている。
「んで? 魔法。ちょっと教えてくれない?」
「ヤダ! ダメ! 教えない!」
否定の三段論法を言ってから彼女は話を続けた。
「それに魔法って簡単なもんじゃないんだよ。それこそ死んじゃう事だって有るみたいだし、普通に人間として生活していた方が良いと思うよ」
「それでも魔女子ねえちゃんは魔法を使うんでしょ。そんなんズルくない?」
僕は損な人生を歩んでいるのでそんな事も許したくない。
「まあ、ズルいわ。それは否定できない」
「ちょっとくらい教えてくれても良いじゃん!」
「ホラ、あたしはまだまだ弟子の修行中の身だから教えられないんだよね」
「それって規則?」
「うーん、師匠の言いつけかな?」
「ズリー」
一度僕は膨れてから彼女の事を見た。
「じゃあ、さ。取り敢えず。マホー見してよ!」
「んっ、うーん。それは、どうだろう?」
「それも駄目なのかよ」
「だって魔法を見せたら面白そうに思えるでしょ。そうなったら次は自分で使いたくなるよ」
「魔女子ねえちゃんのケチ」
ケチと言われて彼女は困った顔をしていた。多分師匠さんが厳しいのだろう。そんな事は解った。
元々今日は風が強かったが、その瞬間に突風が吹いた。それで何かの崩れる音がする。それは昇降口の横に積み上げられていた資材が倒れたみたいで、どれもがブルーシートでくるまれていたので分散はしないが、古かったフェンスをなぎ倒して屋上からぶら下がった。
その時に悲鳴が聞こえたので僕達は下の様子を伺うとこちらを見ている生徒たちが資材の方を指指してる。
「どうしたのかな?」
彼女は意味が解らなそうに首を傾げていたが、その時僕は倒れた資材の所に猫が居るのを見付けて「アレだよ」と彼女に教えた。
この屋上には時々姿を現していた猫だった。恐らく風から逃げる様にブルシートにでも隠れていたのだろう。
「魔法で救けらんないの?」
「飛べば直ぐだけど人目が有るし」
流石にこんな人前で空を飛ぶはずがないのだろう。けれど、僕は違う事を思い付いた。
「もっと緊急になったら考えも変わるかな?」
彼女は不思議そうな顔をしていたが、僕はそんな事にも構わずに資材の方に近寄ってフェンスを掴みながら猫に手を伸ばした。
恐くない筈はない。三階建ての校舎の屋上なのだから落ちたら死んでしまうだろう。でも、もっと死は僕の近くに居る。
その死が僕の方に近付いた気がした。
僕の捕まっていたフェンス土台からもう一つ外れてしまって僕は宙に放り出された。しかし猫はちゃんと抱えて、更に反対の手で資材を掴んだ。
どうにか命拾いした僕だったけれど、同級生の間でも一番小さな僕の身体でもやはり猫よりは随分思いらしく資材は段々とその重みに負けて崩れ始めた。
次の瞬間に屋上からタンッと軽やかなステップの音が聞こえた。
それは彼女が屋上から踏み切って僕の方へジャンプした時の音だった。
僕は彼女に抱き締められて屋上から落下する。しかし、それはとても緩やかだった。まるで死ぬ前のスローモーションの様にゆったりとしているがそれは間違いで僕達の身体は浮かんでいるのだった。
それから彼女の思惑だったのかは解らないけれど、校舎の横の木に落ちてそれをクッションにしながら更に落下スピードを落として地面に着地した。
猫は無事に地面に到着した時に僕の腕から逃げ出してしまって、僕は彼女の顔を見ようと身体を起こそうとした。
しかし、その時になって急に胸が苦しくなり、そのまま地面に伏せてしまった。薄れゆく記憶の中で先生達が「救急車!」と叫んでいるのを聞きながら彼女が心配している姿が見えた気がした。
僕は生まれつき心臓に欠陥が有って子供の頃から数回手術をして去年の検診の時に医者から次に発作が有ったらもう病院から出られない事を言われた。
その発作がとうとう訪れてしまったのだ。
次に気が付いたのは翌日の夕方になってからだった。僕は全てを理解して付き添ってくれていた両親に「救けてくれた人と会いたい」と言った。もちろん彼女の事だ。
彼女は先生が見付けてくれて病院を訪れた。恐らく先生から僕の病気の事を聞いたのか神妙な顔をしていた。
「ビックリしたでしょ? 魔法では解らなかった?」
「うん。あたしはね。師匠、あの校門で一緒だった男の子だけど、あの人は魔法で君の事を読み取ったらしくて、それを解ってあたしに記憶を消す魔法は使わない様にしたらしいよ」
いつも彼女と一緒に帰っている僕が彼氏さんだと思っていた人が魔法の師匠らしい。そう言えば彼は僕の頭をポンとした瞬間に儚げな顔をしていた。
「ふーん、僕がもう直ぐ死ぬから記憶を消す必要はないって?」
「そんな訳じゃないよ! 彼は君の為に哀しい思いをさせないようにしたんだよ」
ちょっと意地悪を言ったつもりだったのに彼女は必死になっていた。
「優しい人なんだ…」
僕はそれなりに人を見る目が有ると思う。それはいつも死と近くにいたからだと思っている。
そんな風に僕が言うと彼女は「うん」と呟くようにだけど、素直に言っていた。
「そっか、魔女子ねえちゃんは師匠さんの事が好きなんだ!」
「違うって!」
「違わないよ。解るんだ」
僕が真面目な顔をすると彼女は困ってしまって視線を逸らした。
「最後のお願いが有るんだけど。聞いてくれる?」
「最後だなんて縁起の悪い事は言わないの!」
「そうなるんだから」
もちろんそんな風に言ったら彼女はひどく困ってしまって返事も無い。
「明日、雪を降らせてくれない?」
僕はそう言うとニコッと笑った。正直こんな風に感情を表に出すのも今はしんどい。けれど、それに対して彼女は「そのくらいなら」とまた呟いていた。
「じゃあ、お願い! でもね、もっと元気良く! そうじゃないと師匠さんにフラれちゃうよ!」
「コラー!」
彼女は最後に笑っていた。僕の言った事を聞いてくれたのだろうが、それでも彼女には笑顔の方が似合っている。
その日はもう夜になってしまったので彼女は帰って翌、土曜日で学校が休みなので朝から病院の僕の元に訪れた。
「師匠達も魔法を使う事を許してくれたから雪を降らせる」
二人きりになったら彼女はそう言ってくれた。
「ちょっと待って! 外で見たい!」
「でも、寒くなるよ」
「そのくらいで死なないって!」
どこまでも僕は卑怯だ。病気の事を盾にして彼女に言い訳を通している。
それから僕は歩く事は許されてないので車椅子で病院の屋上に向かう事にした。医者や家族にも「お願い」だからと一時だけ許しをもらって屋上に上がると、病院の庭に有る桜の花びらが風で舞い上がって足元に落ちていた。
「こんなに暖かいのに雪、ちゃんと降らせられるの?」
「氷の姫をあまりなめんなよ」
彼女はやっと困った顔をを辞めて僕から数歩離れるとチョークを取り出して、屋上の床に落書きを始めた。
それは魔法陣で意味は解らないけれど、それが本物なんだと思うと魔法陣さえも綺麗な気がした。
「ちょっと待ってね」
そう言ってから彼女が魔法陣に手をかざすと、陣は青白く始め、その光は空の高みに消えてしまった。
すると、さっきまで青空だったのに段々と黒い雲が現れたかと思うと「寒くなるよ」なんて彼女が僕の肩にジャンパーを掛けてくれたら、冷たい風が吹き始め、そして空から白い粒が落ちてきた。
それは確かに雪で手を出すと冷たくって直ぐに溶けてしまった。
辺りの気温は急降下して吐く息も白くなって見る間に景色が白に染まってゆく。僕はそんな魔法を確かに見た。
僕と彼女は並んで街が雪景色に包まれるのを眺めている。
「これで望みは叶えたよ」
「ありがとう。心置きなく死ねるよ」
「そんな事は言わない! ちゃんとこれからも元気で居ないと駄目だから」
「それはどうだろうね」
僕は彼女のお願いは聞けそうになかった。
「綺麗だな。君はとても素敵な魔女さんだ」
「そうでもないよ」
「ううん。とっても美しい」
僕の言葉にクスっと笑った彼女が居る。
外は寒くなったので看護師さんが僕を迎えに来て、雪見はそれで終わりになって病室に戻されてしまった。でも、窓の外にはまだ雪が続いている。
「ねえ、この雪はどのくらい続くの?」
「さあ? かなり強く魔法を掛けたから結構続くかも」
「じゃあさ、この雪が終わるまで魔女子ねえちゃん、僕の恋人になってくれない?」
「それは、ねえ…」
また彼女は困ってしまった。
「ゴメン。嘘だよ。こんな雪を最後にもう一度見たかったんだ。ありがとう」
「だから最後とか―」
「自分の事は解ってるんだ」
僕はその時彼女に向かって笑顔を見せたけれど、彼女の瞳からは涙が流れた。
「雪の降ってる間だけなら恋人でも良いよ」
「だから嘘だって。もう良いんだ。それに師匠さんに怒られる」
「彼とは付き合ってないよ」
「そういう事にしておいてあげるよ。なんだか疲れたな。ゴメンね。休むから帰っても良いよ」
僕がそう言うと彼女はもちろん困って戸惑う。しかし、あくまで僕の言う事を聞くので彼女は僕の家族を呼んでから帰る事にしたみたい。
「またね」
そんな言葉を彼女が言う。
僕に次は無いのにと思ったけれど、苦しくも手を振った。
窓の外に彼女の赤い傘が雪を積もらせて離れるのが見えている。
僕はとても眠たくなって家族に別れを言ってから深い眠りについた。
おわり
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