ちみちゃん。

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「ちょっと、お母さん。聴いてる?まずは手洗いうがいを……」 「清美」  それは、初めて聴くような彼女の声だった。母は振り返ることもせず、ケージを見つめたまま言う。 「あの子が、あなたの言う……ゴールデンハムスターのちみちゃん、なの?」 「え、そうだよ?」 「……あの、あんなに大きな、生き物が?」  母の視線の先には、犬用のケージがある。  その中で蹲っている、柴犬サイズの茶色の生き物を見つめている。 「そうだね、ちょっと普通のハムスターより大きいよね。最初はこんなに小さかったのに、すごく大きくなっちゃったの。そろそろケージも新しいものにしないといけないなって思ってるとこ」  こんなに、と私は指で豆粒大のサイズを作ってみせる。最初は虫かごくらいのケージを飼って育てていたのだ。本当にそれくらいの大きさしかなかったから、それで十分だと思っていたのに。まさかここまで育つとは、夢にも思わなかったことである。 「清美。……本当にあれ、なの?」  母の声は、何故ひきつっているのだろう。 「あの、毛むくじゃらの体に、人減の腕みたいなのが、何本も生えてるのが?」 「そうだね、不思議だね。そういう種類なんだろうねえ」 「あの、餌箱の中に入っているのはなに?白い、欠片みたいなのが、たくさん……ところどころ、赤くて……」 「私の爪が好物なんだよね、その子。いつもは欠片をあげるんだけど、たまに直接爪剥してあげるんだー。ご褒美ってやつ?それと、私の肉も好きみたいで、時々腕を齧ってくるの。可愛いよね。あ、でもちょっとかじられるくらいだから、大した怪我じゃないよ。心配しないで!」 「……清美。ねえ、清美」  さっきから、母は何をそんな震えているのだろう。ぶるぶると震える指が、ケージの中を指さし、そして。 「なんで、あの“ちみちゃん”に。人間の、男の人の顔が、くっついてるの……?」  ああ、そんなこと。  私はぽん、と手を叩いて言った。ちょっとだけ、包帯だらけの右手が痛んだけれど気にしない。 「ベランダのプランターから生まれたからかな?丁度、そこに亮人の首を埋めたから、きっと同じ顔になったんだね!」  ハムスターだと思ったのは、鳴き声がハムスターで、毛の色がゴールデンのそれだと思ったからだ。そういえば、亮人も家ではハムスターを飼っていたと言っていた気がする。死んだことで融合して、生まれ変わってきたとか、そういうこともあるだろうか。  まあ毛の色は、亮人の髪の毛の色にそっくりとも思わないではないけれど。 「すっごく可愛いでしょ。仲良くしてね、お母さん!」  私の視線の先。  亮人の顔をしたちみちゃんが、きゅう、とハムスターの声で鳴いたのだった。
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