転勤と思い出の場所

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転勤と思い出の場所

地元を離れるつもりなんて無かった。 仕事のために仕方なく、なんて思いたくも無い。 でも僕は一年経たない新入社員。 独身、実家暮らしの自分には言いやすかったらしく、入社一年後の異動願い。 (行きたくない…なんで……) 新入社員だ、断れるわけが無い。新幹線通いなんていい顔されるはずもない。 一人暮らしは決定。 実家にずっと居たいんじゃない。自分の意志でじゃないのが特に嫌だった。 それにもうすぐ春。 自分にはお気に入りの場所があって、そこの何本もの桜を、咲く頃から緑の葉に変わる季節までよく見ていた。それなのにもう間近では見られないのが悲しかった。 「あの公園で見る景色が良かったのに……」 小さい頃から見てきた桜。通りすがり少し離れてでもいい、少しずつ変わっていくさまを見るのが自分の中で楽しみだった。 (ここももうすぐ見納めか……) 人通りもまばらな、街の隅にあるこの公園。 桜はまだ咲き始め。 まだ冷たい冬の風が桜の木を撫でる。 サラサラサラ…… 桜の枝が風で小さく揺れる。 その瞬間、スッ、と、綺麗な女性が現れた。 桜色の着物に、長い焦げ茶色の髪。全体的に半透明で、後ろが透けて見える。 (幽霊!?でも…) 彼女は不安そうに周りを見渡し、悲しそうにため息をついている。 (あ、僕に気付いた!) そう、その女性は少し笑って、僕に向かって頭を下げたようなのだ。 他には誰も公園にはいない。 (まるで顔馴染みにするみたいな挨拶…) 思わず自分も頭を下げ返したけど、その人は周りをもう一度見渡して小さく首を振り、そのまま後ろを振り返って消えた。 「……。」 誰かを待っていたのだろうか? なぜ僕に会釈をしたんだろう? その日はもう、女性が現れることはなかった。
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