優しさの亡い世界

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  * * * * * 「どうして君は僕を助けてくれたの?」  男は顔を上げ、目の前の女にそう訊いた。この世界で唯一優しい心を持つ女は、そう訊かれる度にこう答えるのだった。 「困っている人がいたら、助けるのは当たり前でしょう?」  * * * * *  少年は、文章が連なった紙の束を、そっと机に置いた。  彼にはその紙たちが一体何なのか、誰が書いたものなのか、全くわからなかった。  よそとの抗争で滅んだとされるこの廃村で、その文章が一体どのような意味を成しているのかも、理解することが出来なかった。  しかし、少年はその文章を読んで、わかったこともあった。  ――この心は、おかしくなんてなかったんだ。この気持ちには「優しさ」という名前が付いていたんだ。この「優しさ」を持つ人が、他にもいたんだ。他の人たちに疎まれていたこの気持ちは、誰かのためになるような、すごい力だったんだ。  少年は空いた手で目に溜まった涙を拭うと、再びその紙たちを手に取った。  作者名も題名もないその文章は、「優しさ」を持った少女が「優しさ」を持たない普通の男の子を助ける物語だった。  少年の心では、これまで抱いたことのない感情が行き場を失ったかのように彷徨っていた。それは、この文章のおかげで自らを許容することができたことへの、これを書いた者の手を取りたくなるような、形容しがたい感情だった。  少年は、その文章の中に、自らの感情を作者に伝えることのできる言葉が合ったことを思いだした。  嗚咽で渇いた喉を震わせ、言葉を紡ぐ。 「……ありがとう」
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