重なっていたものはゴミだけではなく

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重なっていたものはゴミだけではなく

 そして決戦の日はやってきた。そういうとかっこいいけど、要するに掃除の日だ。この日に備えて私は大量のごみ袋を用意しておいた。今住んでいる地域はゴミ袋の指定がないので100円ショップで大きいサイズの袋をまとめて買ってきた。天崎さんから用意するのはそれだけでいいと言われている。大掃除をするからには掃除道具的なものを揃えたほうがいいのかと思ったけど、天崎さんに止められた。 「また余計なものを増やしてどうするんですか」  と冷たく切り捨てられた。そもそも足の踏み場のないところでは掃除道具は機能しないと。まったくもってその通りなので、言われたとおりに大量のごみ袋のみを購入したのである。 「おはようございます、晴野さん」 「おはようございます、天崎さん。今日はよろしくお願いします」  約束の時間ぴったりに天崎さんがやってきた。私が玄関の戸を開けると天崎さんは無表情で中を覗き込む。 「ごみ袋はありますか?」 「はい、ここに」 「ではガンガン捨てていきましょう」  天野さんは有言実行の女だった。玄関から、いるものいらないものを私に聞いてごみ袋に放り込む。いらないと答えたものは容赦なくゴミ袋に叩き込まれ、いると答えたものも七割くらい捨てられた。曰く 「使用している気配がありません。後日どうしても必要な場面になったら買いなおしてください」  だそうだ。文字通り凄い勢いでごみ袋が積み重なっていく。私の主な役目は天崎さんの質問に答えることと、口を縛ったごみ袋を敷地内の収集場に置いてくることである。午前中いっぱいで、なんとか玄関からキッチン、洗面所などの水回りの床の物がなくなった。 「天崎さんすごいなあ」 「捨てていっただけです」 「その思い切りがすごいなって」 「思い入れがありませんからね」 「そりゃそうだ」  他人の家の、思い入れもなにもないゴミなんだから、何も気にせず捨てるよね。 「晴野さんはごみ袋に入れられたものを見てどう思いましたか?」 「うーん、いらないものがいっぱいあるんだなって思った」 「そういうことだと思いますよ。一つ一つはなにがしか取っておきたい理由があったのかもしれませんけど、まとめられたら気にせず捨てられる。その程度の理由だった、ということです」  なるほど。そうなんだね。私は、家に積み重なっていた物に、思い入れがあって捨てられないと思っていたけど、本当は思い入れなんかじゃなくて、ただの未練だったみたいだ。そんなもので足元が埋まるから、ため息ばかりついちゃってたんだろうな。 「じゃあ午後も引き続きガンガン捨てていこう」 「はい、頑張ってください」  そうして私と天崎さんは再び戦場へと戻った。    夕方。夕ごはんには少し早いくらいの時間にようやくごみ捨てが終わった。もちろんゴミを捨てただけなので床は埃だらけだし、布団やカーテンはべたべただ。それでもすごくすっきりした。 「私の部屋って広かったんだね」 「そうみたいですね」 「なんだか違う部屋みたいだ」 「これからもっと違う部屋にしていくんですよ」 「一日付き合ってくれてありがとう」 「どういたしまして」  なんかも感無量だ。これが私の部屋? 本当に? ってくらいすっきりしている。今まで積んでいたものの重みがなくなって初めて分かった。 「あとはもう雑巾がけと洗濯だけできれいになると思います。ご自分でできますか?」 「うん。がんばる」 「頑張ってください。失礼します」  そう言って天崎さんは帰っていった。私は部屋の中に戻る。明日も休みだから朝から洗濯をしよう。早起きして洗濯なんて引っ越してきたとき以来かもしれない。明日が楽しみなのはいつ以来かな。  ため息をつかないで済む夜が嬉しかった。
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