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知らない世界にて
その日の夜、私は同期に呼び出されて、とあるカフェバーに来ていた。呼び出しの理由は「掃除のお礼」。先日、同期の晴野日向の汚部屋掃除を手伝ったことのお礼だそうだ。
「あ! 天崎さーん、こっちこっちー」
「遅くなってしまってすみません」
「ううん、忙しいときに声かけちゃってごめんね」
先に席についていた晴野さんは、笑顔でこちらに向かって手を振る。
「落ち着いた雰囲気のお店ですね」
「そうでしょ。前になんかで来たんだけど、こういう静かな感じが天崎さん好きそうだなって思ったんだ」
晴野さんはそう言ってメニューを差し出す。カフェっぽい軽食もあればカクテルや、ちょっとしたおつまみもある。昼ごはんをゆっくり食べられなかったためお腹がすいていて、何にしようか悩ましい。
「これと、これがお勧めかな。あとはこの辺りのサラダも意外とがっつりしてて美味しいよ」
そういう晴野さんの勧めに従って、いくつかメニューを頼んだ。
「あれから部屋はきれいに保てていますか?」
「うんもうばっちり!」
そりゃあもう、いい笑顔で晴野さんは答えた。
「きれいな部屋だと気分が滅入らないし、のんびりだらだらしてるよ。明日から何をしようかとか、新しいことを始めようかとか考えるのすごく楽しいんだ」
「それは良かったです」
生き生きと話す晴野さんを見て、手伝って良かったと心から思う。元々私と晴野さんは会社の同期というだけで、そこまで仲が良かったわけではない。でも酔いつぶれた彼女を一晩自宅に泊めたことがきっかけで、掃除を手伝うこととなり、今に至る。
正直に言えば晴野さん宅は本当に汚かった。虫が湧いてなかったことが奇跡的だ。食べ物がゴミ山に含まれていなかったからだろう。私がしたことは、とにかく物を捨てただけだ。それでも彼女がこれだけ喜んでくれているのは、それが彼女にとって必要なことだったのだろう。それが提供できたのだから言うことはない。
「そういうわけだから山に登ろう」
「……すみません、どういうわけですか?」
少し考え事をしていたら、話がとんでもない方向へ向いていた。
「だから、御朱印をもらいに山の上の神社に行こうって」
「御朱印?」
「うん。ちょっと前に流行ったでしょ。最近の御朱印帳っておしゃれで、すっごい可愛いんだよ。御朱印自体も可愛いものや不思議な文様があって、おもしろいからたまに御朱印目的でお参りしてたんだ。それでさっき言った山の上の神社がそろそろお花見の時期でね。その時期限定の御朱印があるから一緒にもらいに行こう」
なるほど、話の流れはわかった。しかし私に登山を敢行するような体力はない。
「お一人で行かれては?」
「拒絶が早い! 山に登るって行っても散歩レベルで、せいぜいハイキング? くらいだから大丈夫だよ」
「言っておきますが、私は体力のなさには自信がありますよ」
「一日掃除できるんなら大丈夫だと思うよ」
そうこう問答しているうちに、押し切られて行くことになってしまった。なんていうか私は晴野さんの押しに弱いようだ。
というか晴野さんの行動力とか思いつきに、びっくりしている間に押し切られている気がする。
そのことを嫌だと思っていないことが、押し切られる最大の原因なんでしょうけどね。
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