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不穏
「ふぉう」
ある朝登校すると机がなかった。わたしの机であることに嫌気がさして、足でも生やして脱走したのだろうか。最初から生えてるわ。なんて考えてると友達が登校してきた。そして空っぽのわたしの席だった場所を見て絶句する。
「おはよ」
「お、おはよう。皐月、机」
「うーーん、朝きたらなかった」
「それって……」
「嫌になったのかな」
友達は渋い顔をして黙りこくる。わたしはそれを放置して、机を探しに行くことにした。
「どっこに行ったかな」
「ぼくはここだよ」
「なんだ、わかりやすい場所にいるじゃん」
「皐月さんはバカね。まあ、あの人たちの方が、もっとバカなのだけれど」
机の声がした教室に入ると、窓際一番後ろの席に置かれている机に夜空さんが座っていた。何故かとても怒っているように見える。
「おはよ、夜空さん」
「おはよう、皐月さん。あなたなにか思うところはないのかしら」
「別に。机とちょっと仲たがいしただけだから」
「ふうん。バカなのか世渡りが巧いのか間抜けなのか、わからないわね」
夜空さんはぴょこっと机から降りて、わたしの横を通り過ぎる。親切だなあ、夜空さんは。それこそ世渡りが下手な人みたいだ。
「なんてね」
さすがのわたしとて、なにも気づかないほど間抜けではない。わかってるよ、知ってるよ。誰がなんのためにやったかだなんて。
でもねえ。
それについて、いちいち律儀に対応するのも面倒くさい。だとしたらどうするかだなんて答えは一つしかない。
机を抱えて教室に戻ると、嘲笑と憐みの視線がまとわりついた。夜空さんは静かに読書をしていて、友達は遠巻きに悲しそうな顔をしている。顔を上げる気配のない夜空さんはまあいいとして、一応友達には声をかけておこう。
「机、見つけたよ。他の教室に混ざってた」
「そ、そうなんだ。見つかって良かった。……ねえ、皐月」
「うん」
「私が言いたいことわかるでしょ? もう止めなよ」
わかるけどさ。お察ししますけどもさ。
「止めないよ」
「なんでっ、こんなことになってまで……。これからきっと、もっと酷くなるよ? そしたら」
「君も巻き込まれるだろうね」
「っ」
「だから、わたしに話しかけない方がいいよ。挨拶も雑談もなし。さりげなく距離を置いて、なんでもないただのクラスメイトみたいに振舞うといい」
友達の瞳がきらりとしたのを見逃しはしなかった。とか言ってわたしがそれに言及することはない。彼女には彼女の事情があるし、なんといってもお互い、ただの女子中学生なのだ。いじめは怖い。ハブられるのも、嫌がらせも暴力も、怖いんだ。
ただ、わたしと友達では感覚といじめを受けた時に感じるウェイトが違う。わたしは、バカみたいな嫌がらせより、夜空さんに対する興味の方が大きかった。それだけ。
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