無視

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無視

「お腹すいたねえ」 「……」 「夜空さんのお弁当には、今日も卵焼き入ってるんだ。あ、今日は昨日よりも色が濃いから砂糖が入ってる卵焼きだね?」 「料理できないくせに、なんでそんなことわかるのよ」 「昨日テレビでやってた」 「……。そんなことより、なんで今日もわたしと一緒にごはん食べてるの」 「いつものことだからじゃない」 「そう」  それっきり夜空さんは、そのことに言及しなかったし、わたしもなにも言わなかった。憤っているようではあったけど、その怒りがどちらに向けられたものかはわからなかったし、藪蛇になるのもあれなので黙っておいた。  とはいえ今朝のことに全く触れないのも不自然なので軽く軽く口に出す。 「朝はありがとう。夜空さんがいなかったら学校中探してた」 「たまたまやっているのを見かけたのよ」 「夜空さんは朝早いもんね。ありがとう。助かった」 「いいわよ、お礼なんて。だって」 「それ以上は言わなくていい」  夜空さんがちょっと顔をしかめる。悪いのは誰かといえば、間違いないのは幼稚な嫌がらせをする人々であり、あとはそこに潜む悪意に気づかなかったまぬけなわたしなのだ。だから夜空さんはなにも言わなくていい。 「それで、どうするのよ」 「どうって?」 「だから、今後」 「別にどうもしないよ。嫌がらせにも、そういうことをする人たちにも興味ないし。だったらさ夜空さん、一緒においしいお昼ごはんを食べよう」 「……。いい人なんだか、つかみどころがないんだか。いいわよ。好きにして」 「ありがとう」  また夜空さんは顔をしかめてそっぽを向いた。現実問題、わたしはその人たちに興味がない。繰り返すようだけど、わたしが興味があるのは夜空さん本人であり、そのバックグラウンドと、いつかは関わることになるかもしれないけれど、今はまだいいと思っている。それに、あんまりわたしが騒いで夜空さんや友達に被害が及ぶのは避けたい。  とはいえ、友達については今朝のうちに手を打ったから、まあ、大丈夫だろう。友達は『身の危険を察して危険そうな人物から手を引いた賢明な人』クラス内からそういう認識を受けていると助かる。というかそうであってほしい。  女子中学生っていうのは想像以上に単純で、予想以上に狡猾で、なにより自意識が高い。その辺を無駄につついたりしなければ大丈夫なはず。  それより自分のことも考えないとな。机にGPS発信装置でもつけられたらいいのに。あと荷物は全部……いや、多少は残そう。人間、逃げ道というのは残しておかなくてはいけないのだ。
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