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1 かえるくんと涙
幼馴染のかえるくんは、名前を山中 絵留といって、僕にとってお姫さまみたいに小さくて可愛い、大切な存在だ。
小さい頃は僕は小さなかえるくんよりさらに小さくて、よくいじめっ子にいじめられていた。「やーい男女―」そんな心無い言葉に傷ついていつもぐずぐずと泣いてしまう僕。
かえるくんは僕がいじめられているとどこにいても飛んで来て、いつも助けてくれた。かえるくんは僕のヒーローだ。お姫さまでヒーローだなんてさすがかえるくん。
少し離れ気味の目と平ぺったい顔と黄緑色の物を好んで身につけるかえるくん。
僕はかえるくんのニカって笑う笑顔が大好きだった。
なのにある時僕のせいで僕の絵留くんの大好きなところが揶揄いの材料にされて、あだ名が蛙になってしまった。
いまでこそ僕が「かえるくん」って呼ぶと照れ臭そうに「なんだよ」って言って笑うけど、初めて呼ばれた時は────。
最初にそう呼ばれたのは僕たちが幼稚園の頃だった。いっつも僕をいじめていたいじめっ子が僕を庇ってくれる絵留くんのことを「蛙」って言ったんだ。離れた目とか平面顔が蛙に似てて気持ち悪いって。小さな身体で向かってくる絵留くんのことが気に入らなくて嫌がらせに言ったんだと思う。周りにいた子たちも「これから絵留くんは蛙だ!」「蛙って呼ぼう!」「蛙♪ 蛙♪」って、歌まで歌い始めた。こんなのはダメだ。ちっとも楽しくもないし、優しくもない。僕のような思いを絵留くんには味わって欲しくない。それに絵留くんはこんなに可愛いのになんで気持ち悪いって言うの?
絵留くんはきょとんとした顔をしていたけど、すぐにくしゃりと顔を歪ませた。あっと思ったら絵留くんの大きな瞳から涙がぶわりと浮かんで零れていった。
僕のせいで絵留くんが傷ついてしまったことが嫌で、揶揄われてしまったどれもこれも本当は可愛いんだって絵留くんに知って欲しくて、僕はいじめっ子に向かっていった。それが僕のはじめてのけんかだった。
怖いご本を読んでも、けんかしても膝小僧を擦りむいても泣かなかった絵留くんが初めて泣いたんだ。絵留くんが僕のせいで嫌なことを言われて泣いてしまった。大きな身体のいじめっ子は怖い。だけど、怖いけど、絵留くんを泣かせてしまったことの方が辛くて、悲しくて申し訳なくて、僕はぎゅって目を瞑っていじめっ子に向かっていった。
いじめっ子が泣いて逃げていった後、僕はまだ泣き続けている絵留くんのことを抱きしめて僕も大声で泣いた。ふたりでぎゃんぎゃんと泣いて、身体の中のお水が全部なくなっちゃうんじゃないかってくらい泣いて。絵留くんは自分の涙は手でごしごしと拭いて、僕には綺麗なハンカチを差し出した。真っ赤になってしまった絵留くんの目と鼻。口を真一文字に引き結んだ姿も可愛くて恰好よくて、絵留くんのことが大好きだと思う。
「ヨータ、カエル──好き……か?」
絵留くんは俯き加減にそんなことを訊いてきた。
「────好き」
本当は蛙は苦手だった。だってなんだかぶよぶよぬるぬるして気持ち悪いんだもん……。でもきっと絵留くんは好きって言って欲しかったと思うから、僕は好きって答えた。そしたら絵留くんはお日様みたいに笑ったんだ。良かった。好き、で合ってた。僕も絵留くんが笑ってるのが嬉しくてにこーって笑う。
「ヨータ、『カエル』って呼んでいいぞ?」
「かえる……くん?」
「うん。ヨータが好きならカエルも悪くない」
そう言ってニカっていつもみたいに笑うかえるくん。泣いても泣かなくてもやっぱりかえるくんは恰好いい。僕はこの日のことを一生忘れないって思った。
どうしたって一度ついてしまったあだ名を変えることは難しい。それならせめてかえるくんから嫌な思い出は消えてしまうように、大好きの気持ちを込めて『かえるくん』って呼ぶようにしたんだ。
どうかかえるくんにとって幸せな思い出にかわりますように。
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