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6 かえるくんの好きなもの
「ねぇ、かえるくんは……なにが好き?」
クッキーのお礼がしたい、とかなんとか適当な理由をつけて訊いてみた。本当はかえるくんの気持ちが知りたかっただけだ。なにが好き? 僕のこと好き──? って。
「俺? ん──。黄緑の物、かな」
安定の答えにほっこりする。
「あはは。小さい頃からずっとだね。他には?」
「ん──? 父ちゃんに母ちゃんに……肉、肉好きだ! あとは……里中さん家の犬だろう? それと小杉さん家の猫も好きだな」
「──そっか。じゃあお礼にはお肉がいいのかな?」
なんて笑って言ってみたけれど、僕の気持ちはちっとも笑ってなんかいなかった。だってかえるくんの好きなものに僕は入っていなかったんだ。一番に言ってくれるかなってちょびっとだけ期待してたのに──。
僕ね、かえるくんの傍にいられるならずっとこのままでいいって思ってたけど、やっぱりね苦しいんだ。だからね……。
「ところで陽太はさ、実は蛙嫌いだろ?」
「──え」
口を開こうとしたところでかえるくんの思ってもみなかった言葉にギクリとなる。
「可愛いのはアレだけどリアルなのは顔が引きつってるし、俺の為に蛙好きって嘘ついてくれたんだろう?」
「そ、れは……」
「いいんだ。ありがとな。──でも俺のことは気にしなくていいんだぜ? ちっちゃい頃とは違うんだ。無理して俺と一緒にいなくたってお前は誰とでもやっていける。自分で世界を狭くすることなんかねーんだよ」
それって僕はもういらないってこと? 僕の為みたいに言ってるけど、違うよね?
僕はかっと頭に血がのぼって、気が付くとかえるくんのことを押し倒していた。小さくて華奢なかえるくん。僕が力を入れたらぽきっと折れてしまいそう。だけど今の僕にはかえるくんのことを気遣える余裕はなくて、無我夢中でかえるくんの唇を奪った。
「やっ……陽太っ! やめっ!」
僕の下で必死に踠くかえるくんを見下ろす。
「なんでダメなの? 僕は嘘なんかついてないよ? 蛙好きだよ。だからかえるくんにほら、キスしてるでしょう?」
僕の言葉にかえるくんの顔がくしゃりと歪んだ。
「俺は蛙じゃねーし! ただ苦手じゃないことを証明する為にキスなんか、すんなっ!!」
びっくりして怯んだ隙にかえるくんに突き飛ばされてしまった。そうして初めて僕は、失敗したんだと分かった。僕の勝手な暴走でかえるくんのことを傷つけた。だけど、もうなにが正解なのか分からないんだ。好きな気持ちを一生隠してかえるくんの傍からも去ればよかったの? ねぇ、教えてよ!?
「じゃあどうすればよかったの? 僕はかえるくんのことが好きなんだ。ただそれだけなのに──」
涙が後から後から零れてズボンにいくつもシミを作っていく。
「そうやって言ってくれればよかったろ? あーでも陽太ばっかり責めるのは違うな。俺だって陽太の事が好きなんだから俺から言っても良かったんだ。──弱虫でごめんな」
眉尻をへにょりと下げて苦笑するかえるくん。最後の呟きは小さくて、かえるくんも僕と同じで不安だったんだと分かった。
「ほんとぅ……? ほんとにほんと? かえるくんは僕のことが好き?」
「俺は陽太に嘘なんかつかねーよ」
「かえるくん……」
嬉しくて嬉しくて、胸が苦しい。大好きなかえるくんも僕のことが好きだったなんて! もしかして、そうだったらいいなって何度も想像してきたことだった。かえるくんも僕のことが好き。
悲しくて流した涙が嬉し涙に変わる。かえるくんが綺麗なハンカチを差し出してくれて、あの時と同じ。
「もう泣くな。陽太に俺の気持ち知られて嫌われたくなかったんだ。陽太に気持ち悪いって言われたらさすがに立ち直れない。だから言えなかった。俺は親友のままずっと傍にいて女の子と付き合う陽太を見守ろうって──」
続く「思ってた……」という小さな呟きに胸がギュっとなる。
「かえるくんはバカだよ。大バカだ。僕がかえるくんのこと気持ち悪いだなんて思うわけないっ! そりゃあかえるくんが言うようにリアル蛙は……苦手、だけどさっ。かえるくんはかえるくんでしょう?」
「──ごめん」
そう言ってかえるくんは僕の頬にちゅっとキスをしてくれた。
「え? え? も、もう一回……っ! 今のもう一回! お願いかえるくん!」
「ダーメ。お詫びのキスは一回って決まってるんだ」
「誰が決めたの???」
「そんなの──俺に決まってんじゃん?」
そう言ってにやりと笑うかえるくん。あぁもう! もう! 本当に恰好いい!
僕はこのまま死んでもいいくらい幸せで幸せで、──幸せだった!
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