【健吾サイド】どうやらおっさんと入れ替わったようだ

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【健吾サイド】どうやらおっさんと入れ替わったようだ

 びきき、というものすごい頭痛に襲われ 、姫城健吾は目を開いた。車が頭上の橋を過ぎ去るブーンという音が、少し遠くに聞こえる。横たわった背中の下の、磨かれた小石が擦れ、ぎしりと音を立てる。健吾は河川敷に寝ているようだ。 最初に視界の広さを感じた。こんなに上下左右って見えてたっけ? と思った。 そして体の重さを感じた。重い。服を何十枚も重ねてるみたいだ。健吾は頭痛をこらえ、呻きながら体を起こした。やっぱり体が重い。これはなにか、重症な病気かもしれない。もしかすると。 そう思ったとき、自分の穿いているズボンが目に入った。黒いスーツに見える。こんな服、持ってない。それに、健吾は今日、土方のアルバイトをしていたのだ。今日穿いていたのはニッカーボッカーのはずだった。  健吾はぽかんとした。頭を触る。柔らかいくせ毛。今日朝ワックスをつけて固めた健吾の髪ではない。 何かがおかしい。なにか、ものすごくおかしなことが起きたのは間違いない。 そのとき、うーん、という声がした。そちらを振り向いた健吾は、息が止まった。そこには自分がいた。いや、自分の姿をしたもの、と言った方が正しいかも知れない。自分の意思と関係なく、動いている自分が。 男は、いたた、などと言いながらゆっくりと起き上がった。健吾はそのセリフを聞いて、こいつは自分ではないとを確信した。なるほど、自分が二人になったわけではなさそうだ。ドッペルゲンガーというやつかもしれない。あれ? でもそもそもドッペルゲンガーって何だ? 男もこちらに気がついたようだった。そしてこっちを見るが否や、ひいっ、と息をのんだまま固まった。顔面蒼白だ。それはこっちがしたいリアクションである。先を越された健吾は、何と声をかけていいか迷った挙げ句にこう言った。 「こんにちは」 自分の姿をした男はぽかんとした後、あわてて頭を下げてきた。 「ああ、どうも…あの、ええと、君は」 「姫城健吾です。あなたは」 「宮内・・・宮内銀治郎と申します」  ドッペルゲンガーは、自分の首のあたりををしきりに撫でながらペコペコと頭を下げる。健吾は、自分はこんなに頼りなさそうな表情が出来るのか、と思いながらぼんやりと見つめていた。 「えーとそれで・・・・・・何がどうなっているのか・・・・・・」 「はぁ」 「なぜあなたは、私と同じ顔なのですか」 「え?」 「あ、すみません」 「いや、あんたが俺の顔・・・・・・」  銀治郎は、はっとした表情になった。が左右をキョロキョロと見渡し、川に向かってよろよろと走り出したた、と思ったら、すぐ戻ってきた。 「なにしてんすか」 「川に顔を写そうとしたんですが写らなかったんです。波があって。ええと、ポケットにエチケットブラシがありませんか。そこに鏡があります」  健吾は促されるままポケットをあさった。手に当たったエチケットブラシを銀治郎に渡す。銀治郎はそれをすぐにのぞき込み、ギャッと小さく叫んだ。もうその時点で、何が起こったのかはうすうす感づいてはいたが、信じたくはなかった。  銀治郎は見ますか、と言いながら、健吾にエチケットブラシを渡した。健吾は恐る恐る、その小さな鏡をのぞき込んだ。 そこには、天然パーマで小太りのおっさんが写っていた。健吾は息が止まった。なんだ、なんなんだこれは。 二人は沈黙した。途方に暮れると言う表現がこれほど当てはまる状況もないだろう。  しばらくして、健吾がふらりと立ち上がった。何か状況を変えるためではなかった。喉が渇いて仕方なかったからだ。しかし、また頭痛に襲われ頭を押さえた。 「大丈夫かい」 「平気っす」 「頭が痛いのかい」 「まぁ」 「それはいけない。まず病院に行って検査してもらおう」 「病院行ってもしょうがなくないすか」 「もちろんこの状況が治るわけじゃないかもしれないけど、でもどこか比気がしてたら大変だろう」 「でも、俺今金ないっす」 「大丈夫、こちらで支払うよ」 「すみません。給料が出たら返します」 「いいよいいよ。こちらが転んだんだから」  健吾はそれを聞いて、大いにほっとした。この状況で金のことが一番に気になるのは情けないが、命に関わっているのだからしょうがない。  銀治郎は立ち上がり、ポンポンと服を叩いた。とりあえずやることが決まって元気づけられたのかもしれない。健吾は自分の身体を見つめた。とくにどこも悪くはなさそうだった。健吾はふと、どっちが大変なんだろうと考えた。自分の体が怪我してるのと、自分の入った相手の体が怪我をしているのと。  銀治郎は一瞬眉を顰めた。そして辺りをキョロキョロと見回し、こちらを向く。 「ちょっと君、いやぼく」 「姫路です」 「そうだった。姫路くん。そこら辺に白い小さな紙のバッグがなかったかい」 二人は周囲をキョロキョロと見回した。 「ないですけど」
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