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ボスが荷物を持ってくれてフロントまで一緒に行った。上司に荷物を持たせるなんて、と何度も遠慮したけれどもボスは決して譲らなかった。
ボスの姿を認めると、フロント係が恭しくカードキーを差し出した。チェックイン手続き不要なVIP扱いか。
「最上階だ。行くぞ」
「さ、最上階!?」
「インフィニティホテルのスペシャルスイートには劣るが、ここのスイートも中々いい」
「あの……、わたし一人で泊まるんですよね? どうしてスイートなんですか? シングルルームで構わないのに」
「大変な目にあったんだ。そういう時は自分を思い切りケアして贅沢にした方が良い。良いものは心を癒してくれる」
「ボス……」
気遣いが嬉しくて心の中で深々と頭を下げる。ご自身も手を怪我されたというのに、わたしを思いやる余裕があるなんて。
「こっちだ」
エレベーターを降り、スイートのドアを開けてもらう。
「わぁ……」
部屋を見た瞬間に思わず声が漏れる。広さ、調度品のシックで上質な感じや色合いがとても好みだ。間接照明は柔らかく壁を照らし、部屋全体が温もりのある雰囲気になっている。
「もし不自由があったらすぐにホテルスタッフに言え。ここの支配人は二瓶の関係者だから、オレの名前を出して構わない」
「ありがとうございます、ここまでしていただいて身に余ります」
「日向……」
ボスの声が優しい。優しく鼓膜を揺らす。そうだ、デートの返事をしなければ。
「ボス、デートの件ですが」
「あ、うん」
「色々と考え、迷ったことは事実です」
「そうか」
「しかしながら、わたしなりに結論は出ましたのでお知らせいたします」
「わかった。どんな結論でもオレは受け止める」
「わたし、ボスをもっと知りたいです。仕事をしているときのボスは、この一年弱で見させていただきました。今度はプライベートを知りたいです」
「つまり?」
「つまり……」
たった一言を告げるのがどうしてこうも困難なのか。声が掠れてきちんと発音できない気がして、口の中で何度となく舌を動かす。
「先日のお申し出、お受けします。わたしとデートしてください」
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