1920人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
言ってから後悔した。自分から「泊まってください」なんて……ボスになんて思われるだろう。
「あ、あの、やっぱり」
「いいのか? 日向」
「あ、えっと」
狼狽えるわたしを見て、ボスがふっと笑う。
「実は嫌だ、というなら帰るから心配するな。だがもし、少しでも泊まって欲しいと思っているなら泊まらせてくれないか……離れるのが、惜しい」
ずん、と胸が疼く。ボス……冷徹至極の君が、柔らかな表情で照れながらそう言ってくれる。そう言わせたのは……わたしなのだ。
「わたしも、もっと一緒にいたいです。だから、泊まっていってください」
「ありがとう」
見つめ合う。まるで磁石が惹かれ合うように互いの距離が短くなる。ボスの手が、肩に触れそう……。
「抱きしめたい……いいか」
「はい」
胸の中に抱き込まれる。背中にまわる腕の感触。大きな手が背中を撫でる。さっき、泣きじゃくるわたしの背中を、ボスがさすって落ち着かせてくれたのを思い出す。心臓がドキドキして、まるで自分の心臓ではないみたい。
「泊まるからってすぐにそういうことはしない。だから安心してくれ」
「ボス……」
「時間をかけて、ゆっくり親密になりたいんだ。日向が心からオレとそうなりたい、って思えたときに……そうなりたい」
「はい……ありがとうございます」
「何事もタイミングがある。熟成が必要だ」
「ワインと同じですね」
そうだな、とボスの声が頭の上から優しく響く。お互いに好きだとわかっても、きちんと順番を守ってくれる。その気遣いは嬉しかった。大切にされていることが、ちゃんと伝わってくる。
「だが……もしも日向が許してくれるなら、キスはしたい。どうだ?」
「わたしも、ボスとキスしたいです」
ボスが、わたしを抱き込んだ腕を離す。細く、長い指がわたしの髪を梳く。その指が頬に触れ、指の腹が顔の輪郭を辿る。
「……キスしたいと思ってくれて嬉しいよ」
「ボス……」
柔らかく顎をつまむエレガントな指。軽く上を向かされる。その行為で、ボスの身長が高いことを改めて知る。
「日向、目を閉じて」
「はい」
目を閉じる。頰が熱い。ボスの体温が近づいてくる。吐息と、気配。一瞬唇をキュッ、と結んだときだった。
思ったよりも柔らかな唇がわたしの唇に触れた。そのまま優しく、食まれる。
頭の真ん中が甘さで痺れた。なにも考えられないほどの、甘美なキス。蕩ける、ってこういうことを言うんだ……。
最初のコメントを投稿しよう!