第二十四章 コンプレックスを超えていけ

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 言ってから後悔した。自分から「泊まってください」なんて……ボスになんて思われるだろう。 「あ、あの、やっぱり」 「いいのか? 日向」 「あ、えっと」  狼狽えるわたしを見て、ボスがふっと笑う。 「実は嫌だ、というなら帰るから心配するな。だがもし、少しでも泊まって欲しいと思っているなら泊まらせてくれないか……離れるのが、惜しい」  ずん、と胸が疼く。ボス……冷徹至極の君が、柔らかな表情で照れながらそう言ってくれる。そう言わせたのは……わたしなのだ。 「わたしも、もっと一緒にいたいです。だから、泊まっていってください」 「ありがとう」  見つめ合う。まるで磁石が惹かれ合うように互いの距離が短くなる。ボスの手が、肩に触れそう……。 「抱きしめたい……いいか」 「はい」  胸の中に抱き込まれる。背中にまわる腕の感触。大きな手が背中を撫でる。さっき、泣きじゃくるわたしの背中を、ボスがさすって落ち着かせてくれたのを思い出す。心臓がドキドキして、まるで自分の心臓ではないみたい。 「泊まるからってすぐにそういうことはしない。だから安心してくれ」 「ボス……」 「時間をかけて、ゆっくり親密になりたいんだ。日向が心からオレとそうなりたい、って思えたときに……そうなりたい」 「はい……ありがとうございます」 「何事もタイミングがある。熟成が必要だ」 「ワインと同じですね」  そうだな、とボスの声が頭の上から優しく響く。お互いに好きだとわかっても、きちんと順番を守ってくれる。その気遣いは嬉しかった。大切にされていることが、ちゃんと伝わってくる。 「だが……もしも日向が許してくれるなら、キスはしたい。どうだ?」 「わたしも、ボスとキスしたいです」  ボスが、わたしを抱き込んだ腕を離す。細く、長い指がわたしの髪を梳く。その指が頬に触れ、指の腹が顔の輪郭を辿る。 「……キスしたいと思ってくれて嬉しいよ」 「ボス……」  柔らかく顎をつまむエレガントな指。軽く上を向かされる。その行為で、ボスの身長が高いことを改めて知る。 「日向、目を閉じて」 「はい」  目を閉じる。頰が熱い。ボスの体温が近づいてくる。吐息と、気配。一瞬唇をキュッ、と結んだときだった。  思ったよりも柔らかな唇がわたしの唇に触れた。そのまま優しく、食まれる。  頭の真ん中が甘さで痺れた。なにも考えられないほどの、甘美なキス。蕩ける、ってこういうことを言うんだ……。
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