第二十四章 コンプレックスを超えていけ

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「そんな顔するな。なりふり構わず襲いたくなる」 「えっ……、え、っと」 「安心しろ。手は出さないから」 「はい……」  襲いたくなる、と言う言葉に図らずも胸が疼くし、不用意に近づいてくるボスの美しい瞳も反則だと思う。大切にしてくれているのはわかるけれども、わたしだってなりふり構わずにこの体を任せたくなってしまう……。 「端と端に離れて眠るか。それなら安心できるか?」 「いえ。それではボスに申し訳ないです」 「どうしてだ」 「狭くなってしまうので、充分に体を休められないかと」 「ああ、そうか。それなら」  ボスはわたしを脇の下に抱え込んだ。 「腕枕とは言わないが、抱きかかえて眠ってもいいか?」 「は、はい」  心臓が躍り出す。予想外のことばかりで気持ちが置いていかれ、感情だけが先走る。  ボスの、清潔なパジャマの胸元のボタンは外れていて、しっかりと鍛えられた胸筋に頬が直に触れてしまう。 「オレはあまり女性と付き合ったことがないから、わからないことも多々ある。嫌なこと、やめて欲しいことがあったら都度言ってくれ。して欲しいこともだ」 「はい」 「女性は察して欲しいんだろうが、なかなか難しい。だから気持ちを教えてくれ」  意外だった。ボスは完璧で仕事ができて、苦手なことなんてないと思っていたのに。 「ボス、意外です。ボスは完璧なのに、苦手なことがあるなんて」 「完璧なわけがない。苦手なこともコンプレックスもあるし、ただそれらに負けたくない一心で頑張っているだけだ」 「そうなんですか」  話をしながら眠気が襲う。ボスの話す声のトーン。腕、胸、体温。どうしてこんなにも気持ちいいのだろう。  あくびを咬み殺すとボスが目尻に皺を寄せた。 「話しすぎたな、悪かった。おやすみ」 「はい……ボス、おやすみなさい」 「その呼び方も変えてもらいたいものだ」 「あ……」  躊躇する。下の名前で、なんて呼んでいいのだろうか。 「おやすみなさい、奏、さん」  ボス……、奏さんの唇が額に優しく触れた。照明が消えて暗くなった部屋。目を閉じる。心臓の音、これはわたしのか、それとも奏さんの心臓の音か。 「おやすみ、みく」  夢現(ゆめうつつ)の中で、奏さんがわたしを「みく」と呼んだような気もしたけれども、一度訪れた眠気は覚めることなく、深い眠りへと誘われた。
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