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「そんな顔するな。なりふり構わず襲いたくなる」
「えっ……、え、っと」
「安心しろ。手は出さないから」
「はい……」
襲いたくなる、と言う言葉に図らずも胸が疼くし、不用意に近づいてくるボスの美しい瞳も反則だと思う。大切にしてくれているのはわかるけれども、わたしだってなりふり構わずにこの体を任せたくなってしまう……。
「端と端に離れて眠るか。それなら安心できるか?」
「いえ。それではボスに申し訳ないです」
「どうしてだ」
「狭くなってしまうので、充分に体を休められないかと」
「ああ、そうか。それなら」
ボスはわたしを脇の下に抱え込んだ。
「腕枕とは言わないが、抱きかかえて眠ってもいいか?」
「は、はい」
心臓が躍り出す。予想外のことばかりで気持ちが置いていかれ、感情だけが先走る。
ボスの、清潔なパジャマの胸元のボタンは外れていて、しっかりと鍛えられた胸筋に頬が直に触れてしまう。
「オレはあまり女性と付き合ったことがないから、わからないことも多々ある。嫌なこと、やめて欲しいことがあったら都度言ってくれ。して欲しいこともだ」
「はい」
「女性は察して欲しいんだろうが、なかなか難しい。だから気持ちを教えてくれ」
意外だった。ボスは完璧で仕事ができて、苦手なことなんてないと思っていたのに。
「ボス、意外です。ボスは完璧なのに、苦手なことがあるなんて」
「完璧なわけがない。苦手なこともコンプレックスもあるし、ただそれらに負けたくない一心で頑張っているだけだ」
「そうなんですか」
話をしながら眠気が襲う。ボスの話す声のトーン。腕、胸、体温。どうしてこんなにも気持ちいいのだろう。
あくびを咬み殺すとボスが目尻に皺を寄せた。
「話しすぎたな、悪かった。おやすみ」
「はい……ボス、おやすみなさい」
「その呼び方も変えてもらいたいものだ」
「あ……」
躊躇する。下の名前で、なんて呼んでいいのだろうか。
「おやすみなさい、奏、さん」
ボス……、奏さんの唇が額に優しく触れた。照明が消えて暗くなった部屋。目を閉じる。心臓の音、これはわたしのか、それとも奏さんの心臓の音か。
「おやすみ、みく」
夢現の中で、奏さんがわたしを「みく」と呼んだような気もしたけれども、一度訪れた眠気は覚めることなく、深い眠りへと誘われた。
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