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「幼い頃の、たった一日の記憶だ。オレもすっかり忘れていた。当時はみくちゃんを思い出しては泣いていたがな。その後祖母が亡くなって葉山から足が遠のき、大人になってからは記憶の外だった。
なのに人事異動のリストを見て、急に思い出したんだ。美空……あのお姉ちゃんの名前だ、ってね。年齢差も、朧げながら記憶している差と同じだったから、まさかな、とは思っていたが、オレの直感は正しかった」
人事異動の前の面接でわたしを見た奏さんは、わたしがあのとき一緒に遊んでくれたお姉さん……みくちゃんだ、と確信を持ったという。
「当時の面影が充分に残ってたよ。我ながら自分の記憶力もすごいと思ったが、みくちゃんはオレの初恋だったからな」
「奏さん、どうして今まで言ってくれなかったんですか」
「言ってどうなるものでもないだろう。あのときのことなど覚えていないだろうし、お前には恋人がいたし、希望していなかった秘書室への異動には、あからさまに不満そうだったからな」
「それは、確かにそうでしたけど」
「それに、あの当時のことを思い出して「女の子みたいだった」なんて吹聴されても困るからな」
「わたしそんなことしないです」
思わず声がムッとした。他人のことを噂するのが好きなように言われるのは心外だった。
「うん、それは後からわかった。真面目で前向きで、ミスをしても次にそれを挽回できるように対策して実行する……そういう人だと知って、ますます惚れた」
「奏さん……」
「好きだという気持ちが出ないようにするのに必死だった。目が合ったら絶対気持ちが漏れてしまうと思ったから、いつも目が合いそうになると逸らしたんだ」
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