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「美空には振られないよう頑張らないとな」
「奏さんを振るなんてあり得ないから」
「そうか? オレはいつも、内心ビクビクしてるんだが」
思わずギアを握っている奏さんの左手に、そっと自分の右手を重ねる。完璧な彼がわたしに振られまいと努力するなんて、嬉しすぎてにやけてしまいそう。
「……なんだか、嘘みたい」
「何が」
「今、こうしていることが」
「そうだな。オレもまさか初恋のみくちゃんに再会できるなんて思わなかったし、そのみくちゃんがオレを好きになるなんて予想もしなかったよ」
奏さんが笑う。その聖母のような笑みが優しくて穏やかで、わたしはまたうっとりと見惚れてしまう。
今日、泊まらずに帰ることが急に惜しくなった。もっと奏さんのことを知りたいし、わたしのことも知って欲しい、語り合いたい……二人のことを。
「今日、帰りたくないなぁ……」
ボソリと呟いた一言に、奏さんが食いつく。これから行くオーベルジュに電話して、部屋が空いているか聞いてみよう、と。
照れながらわたしは頷く。奏さんは道の端に車を寄せると、スマートホンを出してオーベルジュに電話をかけた。
奏さんがスタッフに空室の有無を確認しているのを聞きながら、わたしは思い出す。
ずっと一緒にいようね。ずっとずっと、遊ぼうね。
その約束が、二十年以上経って果たされるようとしていることが、感慨深い。ふと、シンガポールで寺田さんが言った「すべての偶然は必然」を思い出した。
偶然が必然ならば、わたしと奏さんのこれから起きるすべてが必然だ。何かが起きても、わたしたち二人、必ずそれを乗り越えていけるだろう。
奏さんが電話を終えて振り向く。
「みく、泊まれるって」
わたしは満面の笑顔を返す。彼の世界とわたしの世界は、今、しっかりと繋がっている。あんなにもコンプレックスまみれだったのが嘘のようだ。奏さんは最初からわたしを対等な相手としてみてくれていた。気にしていたのは、わたしだけなのだ。
わたしは奏さんの腕に、そっと触れた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
ウィンドウを少し下げ、森の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「奏さん、これからもずっと、一緒にいようね」
奏さんは微笑み、わたしに優しく告げた。
「もちろんだ。あの日の約束をやっと果たしてもらえるんだから」
その言葉を嬉しく噛み締めながら、わたしは前を向いた。わたしたちは共に手を携えて前に進んでいくのだろう。二人手を繋いで庭を走った、あのときのように。
ー了ー
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