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第一章 冷徹至極の君
月曜日の秘書室は忙しい。わたしたちは週末に休みをもらってるけれども、世界の経済は止まっていないから。
各地の関連会社や取引先から時差で入る連絡を捌き、緊急の会議や出張は忙しいスケジュールの合間や、案件の優先順位を変えながら調整していく。一息をつけるのは、午後の遅い時間くらいで、お昼を食べ損ねることも度々ある。
秘書室は三人で回している。
第一秘書の神崎美也子さんは、先代からの社長付きで秘書室のベテラン、現社長も一目置く存在だ。
英語はネイティブ並の帰国子女で、この会社から男女格差を無くした立役者としても知られている。
彼女の神業ともいうべきスケジューリングは誰にも真似できないし、長いキャリアで築いた人脈を駆使しての出張手配、接待手配は彼女の右に出るものはない。美也子さんオススメのお店で接待すると必ずその案件は成功する、と言われているほどだ。
第二秘書の田村清香さんは現社長が就任された二年前からの秘書で、ヘッドハンティングで入ってこられた。前職も秘書だったらしい。中国語が堪能で、通訳としても買われている。
彼女の気遣い、取引先への配慮は誰もが称賛している。噂によれば、取引先の社長や役職者の家族構成から健康状態、食の嗜好から何から手書きで記録してあるらしく、それは密かに「清香手帳」と呼ばれている。
そしてわたし……第三秘書の日向美空。なんの因果か研究室付きの事務仕事から、秘書室に異動になって三ヶ月。ヒヨッコどころじゃない、卵の殻をお尻につけた生まれたて。美也子さんと清香さんを手伝うだけで、精一杯の毎日だ。
今の仕事は、会議室の予約と議事録作成、関係部署への連絡などの雑務が中心。秘書を目指していたわけじゃないのに、どうして異動になったのか……同期の間では「二瓶の七不思議」と言われている。
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