1年生1「夏生、じっちゃんとジャンケンの特訓をする」

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1年生1「夏生、じっちゃんとジャンケンの特訓をする」

 わいの名前は 涼石 夏生。  これは、あの頃を思い出しての話。  ちょっと?結構?昔の話。 ::::::::::::  今日はええ日や。  机の前の給食を見ながら、そう思った。カレーやろ、さらにデザートはみかんゼリーやで。幸せすぎやろ。学校ってええなー。  初夏の風が頬を撫で、窓から射す光が給食にキラキラ降り注ぐ。教室にはカレーの薫りが漂い、みんな早く食べたくて、うずうずしていた。  小学校に入ってすぐ、1年生の頃、その日の幸せは給食で決まると思っとった。というのは、ちょっとオーバーやけど、わいにとって相当大きな割合を占めていたのは間違いない。 「手を合わせてください」  日直の号令で手を合わす。  わいは前の席に座る、森野(もりの)(ゆたか)、通称「ゆたやん」と目を合わせ、笑顔になった。ゆたやんも笑顔になる。 「なっちゃん、ほんま嬉しそうやなー」 「だって、カレーやで。ヒヒヒヒヒヒ」    ゆたやんは入学式で初めて顔を合わせて、すぐに友達になった一人。静かやけど、むっちゃ何でも知ってて教えてくれるし、サッカー少年でサッカーのこと教えてくれる。  日直が「いただきます」と言ってすぐ、わいは「よっしゃ。いただきます」と言って、間髪入れずにカレーを頬張った。早よ食べて、おかわりや。    ハフ、ハフ、ハウ。  あー、甘いなー、甘い、カレーやけどな、甘い。  でも、これがうまいんやなー、幸せや。  学校に入ってすぐ、給食をどう食べるか?という選択肢が生まれることを知った。  1、ゆっくり味わって食べる。  2、急いで食べて、おかわりに賭ける。  2のおかわりはギャンブルや。  早く食べ終わっておかわりに間に合えばええけど、間に合わんかったら、お終いや。それに数が決まってるもんは、ジャンケンに勝たなあかん。    それを考えれば、  1を選択して、ゆっくり味わって食べるというのも、ええ考えなんやけど。  目の前を見ると、ゆたやんはお行儀よく、ゆっくりカレーを食べている。  うん、それもええねんけど……  周りを見回すと、もう、カレーを食べ終わり、牛乳を飲む女の子がいる。 「早!」  なんでそんな早いねん。  ごはん、どこに消えとんねん?  わいは、急いで残りのカレーを掻き込んだ。  これは勝負でもある。勝負から逃げるわけにはいかん。  そんな、わいを尻目に、彼女はもう食べ終わりそうや。みんなより、一回り背の高い彼女は、食べる姿も迫力があった。宮地(みやじ)優奈(ゆな)彼女は「ミカン」と呼ばれている。保育園の時にみかんを食べすぎて、黄色くなっていた時があるからや。自分でもその「ミカン」って呼ばれるのが気に入っていて、みずから「ミカン」って呼んでって言ってくる。  あー、ミカンは全ての幸せがが給食で決まるな、しかも、量や、いっぱい、食べたかどうかで幸せが決まる。間違いない。うん。……なんて考えていたら、ミカンは、もうすでにカレーをお代わりしに行っていた。  まずい、残っていた牛乳を飲み干し、蜜柑ゼリーもツルンと食べて、慌てておかわりをしに行く。  今日は、3番目だった。  おそるおそる、寸胴を覗くと。 「あった、良かった」  少しやけど、残ってた。  頑張ったかいあったわ。    机に戻ると、ゆたやんが声をかけてくれる。 「カレーあったん。よかったやん」 「ああ、やばかった」  これで、安心してゆっくりカレーが食べられる。  心を落ち着かせて、今度はゆっくりカレーにスプーンを入れた。 「では、やっと、ほんとにいただきます」  といって、わいはゆっくりカレーを口に運んだ。 「ねえ、余ってる蜜柑ゼリー、ジャンケンするから。食べ終わったひと来てやー」  不意に、ミカンの声がして、何人かが前に集まる。  なんやて、みかんゼリーもあったんかい。  わいも、立ち上がって行こうとする。 「夏くん、カレーまだ残ってるやん。あかんで」  と、ミカンが目ざとくわいの皿を見て言ってくる。 「え、これ。お代わりやし」 「あかん、あかん。おかわりでも、全部食べ終わった人だけや」 「だって、お代わりしたばっかやで」 「10秒、待ったげるわ」 「10秒って……」 「私、優しいやろ。私なら5秒でもええけど。どないすんの?」 「……やる」  わいは、覚悟を決めて、カレーを流し込んだ。  何の修行や、これ?  みかんが10秒、数え終わる時に何とか平らげ、俺も皆んなの中に加わった。 「よし、夏君で最後やね。5人か」  ミカンが仕切って、5人でジャンケンをする。 「さいしょはグー。ジャンケンポン」  わいとミカンがパーを出し。他のみんなはグーを出した。 「よっしゃ」  と、わいは、ガッツポーズを決めた。  目の前には、キラキラ光る蜜柑ゼリーがあった。    「さあ、やるよ」  と、ミカンが体からオーラを出して、わいの前に立ちふさがった。  わいは、思わず後ずさって、息を飲んだ。  嫌な予感が、全身をめぐる。 「さいしょはグー。ジャンケンポン」  わいはパー、ミカンはチョキをだした。 「ああああーーーーーー」  負け…………た。  ミカンは、そんなわいには目もくれず、 「よしっ」と蜜柑ゼリーを高らかに持ち上げ、席に戻っていった。  トボトボ戻るわいに、ゆたやんが声をかける。 「残念やったな」  わいは自分の手を見て、グーパーグーパーした。 「くっそー。なんで負けんねん」     目をあげると、満面の笑みで蜜柑ゼリーを食べているミカンがいる。 「あー、カレーも蜜柑ゼリーも、もっと味わって食べるんやった。……それも、これも、ジャンケンで負けるから……」  わいは、自分の手をじっと見つめた。
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