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団地のマンションに、学校帰りの子供達の声や足音がこだまする。
「ただいまー」
わいは、玄関のドアをあけ駆け入ると、ランドセルをリビングの端の自分の机に放り投げた。
「おかえり」
リビングのソファには、4年生の芽生姉ちゃんが寝っ転がって漫画を読んでいた。
「早いなー、姉ちゃん」
「なっちゃんが遅いんよ。どこ寄り道してたん?」
「ちょうど良かった。ジャンケンしよう」
わいは、姉ちゃんの質問を聞きながして、そう言った。
「ジャンケン?」
お姉ちゃんが、怪訝そうな顔をする。
「そう、ジャンケン」
「なんで?」
「なんで?……特に理由は無いけど」
「嫌や、そんな無駄なジャンケン」
「えー、そんなケチな事言わんでやろうぜ。減るもんやないやろ、俺を鍛えると思って、ジャンケン、やってーや」
「しゃーないなー。ほな、今日のおやつ半分かける?」
「え、おやつ」
「ドーナツやで」
わいは目をつぶって考えた。1個半のドーナツを持って浮かれている わいと、半分だけを持って落ち込んでいる わい。頭んなかで、二人が駆け巡る。
勝てば天国。負ければ地獄。
「どうすんの? やんの、やらんの?」
「……やる、やるで。よーし」
「さいしょはグー。ジャンケンポン」
わいはパー。姉ちゃんはチョキ。
ガーーン。負けた……「地獄」
「あんがとう、後で食べるから半分残しといてや」
姉ちゃんが、また漫画を読み始める。
わいは、その漫画を取って訴えた。
「待って待ってーや、俺はジャンケン負けん様になる為にジャンケンの特訓しようとしてたんやで。勝負はその後にやってーやー」
「嫌や、面倒くさい」
姉ちゃんが漫画を取り返して、後ろを向く。
「夏生か、おかえり」
じっちゃんが、向こうの部屋からやってきた。
「じっちゃん、お姉ちゃんにドーナツ半分取られた」
わいは、じっちゃんに訴えた。
「変な事いわんといて、ドーナツ半分かけてジャンケンしたのなっちゃんやん」
姉ちゃんが、怒っていう。
「それは……わいはただ、ジャンケンの特訓をして強くなりたかっただけで」
「それはそれ、これはこれ。ちゃんと貰うかんね」
「たのむわ、姉ちゃん」
「いやや。勝負しようって言ったん。あんたやからね」
「……」
わいは黙って、じっちゃんを見た。
「夏生、真剣勝負に二言は無しや」
わいは黙って、じっちゃんを見た
わいは黙って、じっちゃんを見た。
わいは黙って、じっちゃんを見た見た。
さらに、見た。
「じゃが、ま、かわりにじっちゃんのをあげよう。な」
× × ×
じっちゃんと、キッチンに行くと、母ちゃんが排水溝の掃除をしていた。
「なっちゃん、おやつ食べる前に、手を洗いいいよ」
テーブルのお皿にはチョコレートのかかった美味しそうなドーナツが1個。
「あれ、ドーナツ、1個しかないで」
「お姉ちゃんは食べてたで」
「あのー」
じっちゃんが、遠慮しながら尋ねる。
「はい?」
「わい、わいのは?」
「えっ?」
母ちゃんが手を止めて、こっちを向く。
「……えっ?」
じっちゃんが、聞き返した。
「すみません。今日は、たまたま、お隣さんが、夏ちゃんと芽生ちゃんにって、お裾分けしてもらったものですから」
「つまり、……なし?」
「ええ」
ガーーーーーーン!
わいは、じっちゃんとともにショックをうけた。
「じっちゃん」
「すまんな、夏生。ないんやて」
わいは涙ぐんで、腕で涙を拭った。
「泣くな夏生。……強くなりたいか?」
「え、うん」
「そしたら特訓や。ジャンケンの特訓や」
「特訓? 特訓で強くなれるんか?」
「頑張ればできる。夏生はやれば出来る子や」
「分かった。俺やる。そして勝って勝って勝ちまくって、幸せを勝ち取ったんで。もう、負けて涙は見せへん」
わいは、じっちゃんと共に燃え上がった。
「何でもええけど。まず、洗いもんとか出しや」
母ちゃんが冷ややかに声をかける。
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