1年生1「夏生、じっちゃんとジャンケンの特訓をする」

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 じっちゃんの部屋で、座り込んで考える。 「とは言え。どうしたもんやろな。じっちゃんは剣道以外のことはようわからんしな」  といって、じっちゃんが腕を組んで唸る。 「ジャンケンも勝負事やから、似たようなもんちゃうの」  わいは竹刀を振るような真似をした。 「うむ。ほなら、剣道でいう先の先。いや先々の先なら生かせるか」 「先生の先生?」 「ちゃうちゃう。先々の先や」  じっちゃんは、近くの紙とペンを取って「先々の先」と書く。 「先って漢字を、まだ夏生は習っとらんか」 「うん」  じっちゃんは立ち上がると、木刀を取り構えた。 「ええか、相手の起こり、心を読んで、直ちに打ち込んで機先を制する」  わいには、剣道着を着て、木刀を構えたじっちゃんが見えた。  対峙した相手と切先を交える。  相手が打ち込もうと、ピクッとした反応。 「面!」  じっちゃんが打ち込み、面が決まっている。 「そして残心」  とじっちゃんが、構え直す。 「まあ、簡単に言うと、相手が「打つぞ!」っていうのを感じて、相手より先に打つんや」 「ふーーん。でも、ジャンケンは先に出したら、読まれて負けんで」 「……そやな、そか」  じっちゃんは、唸って考えた。 「じゃ、後の先や」 じい、今度は紙に「後の先」と書く。 「相手の技を見切り、崩して打ち勝つ。夏生、なんか、ジャンケンで手出してみ」 わいが、パーを出すと、じっちゃんは、素早く手をかわし、チョキを出した。 「どや」 「…………後出しや」 「……そやな」 「反則や」 「そりゃいかん……」  じっちゃんは、深く唸ってから、 「うーん。ほな、無の心で行こう」 「む、むってなんや?まみむめものむ」 「無心と言ってな、心を空っぽにして、鏡のように沈めるんや。何事にも動揺したらあかん、そして、一つに固まることなく、流れるように動いて動かぬ心を持つんや」  わいは、じっちゃんが暗闇な中、複数の相手に竹刀で打ち込まれるが、スーと流れるように避けて面や小手を決めていくのを想像した。 「無心の境地、これが勝負の極意」 「むっちゃ強いんか?」 「ああ、いっちゃん強いんや」 「それや、それやるわ。ウシシ、ジャンケンで勝って勝って勝ちまくって……」  わいは、デザートやお菓子に囲まれている姿を妄想した。  ケーキやろ、ドーナツ、プリン、アイスクリーム、クッキー、まんじゅう、それから、わいの大好きなモロッコヨーグル……。よだれが垂れる。  じっちゃんが、額に手をやって痛い表情をする。 「こりゃ、無理やな」 「で、どないすんの?」 「そうやな、坐禅でもしてみるか」 「坐禅?」 「そや。こうやって座ってな、心を落ち着かせる。何も考えてはいかん。無になるんや」 「よっしゃ、やってみる」    わいは座って足を組んだ。  目をつぶる。 「無心やで」 「うん」 「心を静かに、無心になるんや。波ひとつないたたない湖のように。静かに、静かに」 「……」 「夏生。そうじゃ、頑張れー、頑張れー。心を鎮めろー」 「うるさいで、じっちゃん。ちょっと静かにしてや」 「……すまん」  わいは、目を瞑ると、暗闇に一人座っている自分をイメージした。  暗闇の中、ドーナツ、蜜柑のゼリー、ショートケーキ、などお菓子が色々現れるが必死にかき消して行く。    無心、無心、無心、無心。  そして、おもむろに、目をあけた。 「じっちゃん、ジャンケンや」 「最初はグー、ジャンケンポン」  わいはパー、じっちゃんはグーを出した。 「勝ったー」 「おおー」 「もう一回」 「最初はグー、ジャンケンポン」  わいはパー、じっちゃんはグーを出した。 「くーー、夏生は強い」  じっちゃんが、悔しがる。 「最初はグー、ジャンケンポン」  わいはパー、じっちゃんはグーを出した。 「夏生は強いのー」    わいは、自分の手「パー」を見つめた。  そして、また、おもむろに、 「最初はグー、ジャンケンポン」  わいはパー、じっちゃんはグーを出した。 「なんと、4連勝やないか」 「……じっちゃん、グーしか出してへん」 「……えっ」 「ジャンケンにならへん」 「それは……夏生がパーを出すから」 「……えっ?ええー?」  わいは、今までのジャンケンを思い出した。  給食の時、姉ちゃんとの時、パーを出していた、わい。 「夏生は、パーを出す時が多いからのう。特に、最初はたいがいパーや」 「な、なんやて!!! 最初はパー……ええーーーーーーーー……し、知らんかった」  ショック! 「……ハッ、もしや」   
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