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「俺はさぁ、藤間さんはね、もう少し愛想良くした方が良いと思うよ。仕事だけ出来れば良い時代じゃないんだから」
「同じフロアにいる子は、皆ニコニコしてるじゃない、同じように笑ってみなさいよ、ね?」
課長は空気が読めない上に壊すのが得意だ。皆ニコニコしているなんて、乱視が酷いんじゃないだろうか。アルコールの力も手伝った暴言の矛先が、藤間さんに向かっていく。
「…私は笑うのは得意じゃないんです。お客様に直接対する業務ではないのでお許し頂ければと思います」
藤間さんは私が思っていたよりもずっと柔らかい口調で課長の言葉を受け流した。けれどブレーキの壊れた車は暴走を止めない。
「そういう事言ってるんじゃないんだよ。君、女でしょ?ならもう少し周りに気を遣わないとさ。そこまで若くもないんだから、貰い手もなくなっちゃうよ?ねぇ、えーっと、本条さん!君もそう思わない?」
通行人Aに車は突如突っ込んできた。ギリギリ名前を覚えていた程度の私に何故その話を振ってくるのか。
「そ、そうですね。笑っている方が印象も良いでしょうし、藤間さんはお綺麗ですから勿体無いですよ」
いつもの私なら、そう口にしただろう。思ってもいない、課長だけを満足させる言葉を。
すると不思議な現象が起きた。今の今まで手の中にあった臭いおしぼりが消失している。
なんで?
答えは簡単だった。無言のままの私によって投げられた臭いおしぼりが課長の顔にクリーンヒットし、役目を終えて畳に転がっただけの事だった。
時が止まったように、その場は静まり返る。
時間差できた体の震えが止まらない。何をしているのか、私は一体どうしてしまったのか…
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