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出会い
「不明、ですか?」
東京都立豊玉高等学校の校長室で、私、青木未琴は驚きに目を見張った。
今日は『交換留学生』との顔合わせの日だ。私の仕事はその留学生の受け入れ先となって、ホストファミリーとして彼らの生活の面倒を見ること。
今まで十数年ホストファミリーをやって来て、いろんな子ども達を迎え入れてきた。男の子も、女の子も、人間も、そうじゃない種族も。
しかし、そのいずれもが身分のはっきりした、ちゃんとした家の子だ。『異世界』から地球に留学してくるのだから、相応にお金のある子がほとんどだ。経歴に不明点など、あるはずがない。
しかし、私の目の前で豊玉高校の校長である韮崎先生は頭を振る。
「はい。名前はなんとか聞き出せて、身体検査で人間であることは判明したそうなのですが、それ以外は何も教えてもらえなかったらしくて……」
彼が言いながら視線を向けるのは、ボサボサの赤毛頭をした人間の青年だった。ひどく痩せこけている。背が高いから余計に細さが際立っていた。
シャツもズボンも靴も安物だ。聞けば来日時に身に着けていたのはボロ布同然で、こちらに連れてくるにあたってユニクロで一式買い与えたのだと言う。
「身分証は……その様子だと、望み薄ですか」
「はい。パスポートも、渡航許可証も、魔法式身分証すらも、何一つ。なので『彼』のことを知る手立ては、今の所ありません」
そう話しながら韮崎先生は悲しげな表情をした。
私達ホストファミリーは留学生のその出身国、通う学校、学んできたこと、実家のことを彼ら、彼女らと交友を深める切欠にする。それが、目の前の彼には一切ない。彼を証立てるものが全く無いのだ。
もう一度、韮崎先生が大きく頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。青木さんのホストファミリーの経験年数に甘える形になってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。こういう難しい子ほど、性根は素直だったりしますから」
その言葉に笑顔で返しながら、私は隣で居心地悪そうに立っている『彼』に声をかけた。
「そうよね? アッシュ君」
「……」
私の問いかけに、彼――アッシュは答えない。もじもじしながら視線を逸らすだけだ。
言葉が分からない、というわけでは無いはずだ。彼の出身世界は魔法が発達している。船に乗り込む際に自動で現地語を日本語に翻訳する魔法がかけられる。彼の耳には私の日本語が、彼の世界の言葉に聞こえているはずだ。
黙りこくっているアッシュを、韮崎先生が小さく小突いた。
「アッシュ、ちゃんと挨拶をしなさい。これから君の面倒を、一年間見てくれる方になるんだぞ」
韮崎先生の言葉に、アッシュは小さくよろけながら視線を私に向けた。そのままぺこりと頭を下げてみせる。
「……は、ハイ。よろしく、おねがい、します」
「ええ、よろしく。私は青木未琴。今日から一年間、豊玉高校に通うあなたの面倒を見させてもらいます」
少しどもりがちに言葉を発する彼に、私も笑顔を見せながら頭を下げた。きっと彼は、慣れない世界、慣れない環境で緊張しているはずだ。その緊張を解すのが私の役目だ。
恐る恐る、アッシュが私の方に歩み寄ってくる。その彼の手を取って、私は優しく彼を抱きしめてやった。そんな私に韮崎先生が声をかけてきた。
「それじゃ、青木さん。何かトラブルがあったら、すぐ高校までご連絡ください」
「はい、よろしくお願いします」
その言葉を聞きながら私は頷く。これから一年、アッシュの命を預かるわけだ。学校生活をちゃんと送れるように、私は力を尽くすのだ。
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